ひねくれ者のヒーロー

ザザーんと波が押し寄せる。今日の海は腹が立つほど穏やかだ。

「おい、ズルッグ!お前もこっちに来いよ!」
「親分、ダメっすよ。あいつはなにも出来ないダメポケモンなんすから!」
「ちょっとミジュマル!なんてこと言うのよ!」

ミミロルの奴は今日もうるさいな。言わせておけばいいものを。

「無駄無駄、そいつは島の祭りに出ることも出来ない臆病者なんだからな!悔しかったら大会出ろよ!まあ今年のヒーローは俺様に決まってるがな!そうだ、ミミロル、俺様の親衛隊になれよ」
「だーれがそんなのなるもんですか!ばっかじゃないの!それにズルッグだってやらばできるんだから!」
「ま、今度の祭りで全部わかるさ。じゃあな、ズルッグくん」

……ダイケンキがいなくなり、辺りは波の音だけになる。
ああ、なんて憎たらしい。

「もう!ズルッグ、あんな風に言われて悔しくないの!?」
「……俺は卑怯者の息子なのさ。ヒーローになんてなれりゃしないよ」

親父、あんたのせいで俺はこんなになってしまったぜ?


ひねくれ者のヒーロー


ポケモン達の住む世界、ポケステール。
ここではポケモンたちが、ぐうたら仲良く暮らしている。
今回は、その中でもとても暑ーい島国での出来事。

「暑いな相変わらず。こんな日はオレンジュースに限る」

彼の名はズルッグ。ある意味で島一番有名なポケモンである。

「本当よねー。あたしにもジュースちょうだい」
「……勝手に入ってくるなよミミロル」

ズルッグの家に侵入し、あまつさえジュースを請求しているのはミミロル。ズルッグの幼馴染だ。

「なんのようだ、なにもないなら帰れ」
「残念でした、ズルッグに用事があるんだなー!あなたにお客さんよ」
「客?俺に?」

その言葉にズルッグは怪訝そうな顔をした。
それもそのはず、この島でズルッグを訪ねてくる親しいポケモンといえば目の前のミミロルしかいないからである。

さて、その理由を語る前に、まずこの島の祭りについて説明しなければならない。
昔、この島を大雨が襲った。家も人も流され、その命を諦めたポケモンたちがたくさんいた。
しかし天は見捨てなかった。一人の英雄が流されるポケモンたちを一匹一匹陸へ助け出したのである。
多くのポケモンを助けたポケモンは、やがてヒーローと呼ばれるようになった。
それから、そのポケモンを讃えて、ある祭りが開催されるようになった。
泳ぎの上手だったヒーローにちなみ、遊泳大会が開かれたのだ。毎年島中の泳ぎ自慢のポケモンたちが競い合い、その頂点に立ったポケモンには、英雄と同じくヒーローの称号が与えられるのだ。

「物好きがいるもんだね。俺に会いにくるなんてさ」
「ズルッグ!失礼でしょう?外で待ってるわ、行きましょう」
「やだね」
「もう!わがまま言わないの!子供じゃないんだから!」
「うるさい、俺はいないって答えてくれ」
「もー!ズルッグー!」

ズルッグが頑なに客に会うのを拒むのは理由があった。
それはズルッグが子供のころのことだ。
彼の父のズルズキンは、当時一番の船乗りだった。ズルッグも自慢の父親で、彼のようになりたいと思っていた。
そんな父も、祭り最大のイベント、遊泳大会に出場することが決まった。父は、その年の優勝候補だった。
だが遊泳大会のその日、父はいなくなった。
時間になっても現れず、夜になっても、次の日になっても、一年が経っても父が姿を見せることはなかった。

なぜいなくなったのか、島はその話で持ちきりになった。だがそれはいつの日か父への悪口に変わっていった。
それは子供であったズルッグにまで及んだ。
お前の父親は臆病者だ、お前は卑怯者の息子だ。そんな言葉がズルッグを容赦無く襲ったのだ。
母を早くに亡くしたズルッグにとって、父は唯一の家族だった。自慢の父だった。それなのにその父さえもなくし、その父のせいでポケモンたちから白い目で見られる。
ズルッグが一人でいることを選ぶようになったのはそれからだった。

「邪魔するぞ」

居留守をしようとしたズルッグの家に、その客は入ってきた。コートを着て、帽子を被った姿はこの辺りでは見ない顔だった。その格好は、暑くないのだろうか。

「なんだいあんた……?卑怯者の息子の俺に何の用だ?」

相手は自分よりも大きな体をしたサイドンだった。
サイドンはズルッグを見ると、少しだけ目をそらした。

「俺は……俺はお前の父に命を助けられた者だ」
「親父に?」
「臆病者というのは俺のことを言うのだろう。結果的にズルズキンを殺してしまったことを俺は言い出せず、この島から逃げた。……お前にはいくら謝っても足りないだろう」
「ちょっと待ってくれ、どう言うことだ?あんた、あの日に親父になにがあったのか知ってるのか?」

ズルッグはサイドンに詰め寄った。必死だった。

「あの日……俺も遊泳大会に出場するつもりで最後の練習をしていた」

サイドンは昔を思い出すように瞳を閉じて語り出した。

あれはあたりは薄暗い、朝日も顔を出していない時間だった。
泳いでいるポケモンは誰もいない。波は穏やかで、月が綺麗だったのを覚えている。
俺はいつも通りに準備体操をして海に入った。いつも通りのメニューをこなす。そう、それまではいつも通りだった。
本番を控えて今日の練習はここで終わりにしようと陸に泳ぎ始めたときだ、俺の足を何かが引っ張ったんだ。月明かりしかない海では奴の正体はわからなかった。抵抗してもそいつの力は強く、俺は溺れた。
だがもうダメだと思ったとき、お前の親父が漁の帰りだったんだろう、船で通りかかったのだ。溺れる俺を見たお前の父はすぐに飛び込み俺を助け出してくれた。彼も俺に続いて船に上がろうとしたのだが……奴に引っ張られそのまま海の底へ消えてしまったのだ。

「じゃあ何か?親父はあんたの代わりに死んだっていうのか!?」

サイドンはそれには答えず、代わりに質問を投げかけた。

「ズルッグよ……お前はあれから泳いだことはあるか?」
「……」
「その様子だとなさそうだな」

ズルッグはあれからできなくなったことがある。泳ぐことだ。
島のポケモンたちのズルッグに対する態度が冷たくなってきた頃、水遊びをしていたズルッグを何かが深くまで引き込んで溺れされたのだ。
幸い大人の助けで命は助かったが、それからズルッグは水に入るのを拒むようになった。
泳ぐことが出来なければ大会に出るなんてもってのほか。
ズルッグは泳げない弱虫、臆病者と陰口をたたかれてしまった。

「俺が指導してやる。水嫌いを克服してお前の親父を超えてみせろ」
「やだね」

即答だった。

「ズルッグ!なんでそんなこと言うの?お父さんの汚名を晴らせるチャンスなのよ!」
「なぜそんなことをしなきゃならない。今まで親父のせいで散々な目に遭わされてきたんだ」

拳をテーブルに叩きつけ、ズルッグは叫ぶ。

「だいたい、親父を超えろ?あんた、どうせ自分の良心が耐えられなくなっただけだろ!そいつに付き合う義理なんてこれっぽっちもない!」

サイドンもミミロルも、ズルッグに気押されてなにも言えなかった。
ズルッグの瞳には、怒りの色だけが映っていた。

「そうか……済まなかった。もう帰ったほうが良さそうだな」

サイドンは帽子を目深に被り直すと、そのまま反対を向いて出て行こうとした。しかし。

「待てよ」

ズルッグ、と小さくミミロルがつぶやく。
何か言おうとした彼女を静止して、ズルッグは続ける。

「俺は親父が嫌いだ。親父が死んだ原因のあんたはもっと嫌いだ」

サイドンはその言葉を静かに聞き入っていた。

「だから……親父のためでも、ましてやあんたの為でもない。俺自身のためにやってやる!あんたの指導、受けてやるさ!」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

誰にも邪魔されたくないと、三匹はひと気のない入江にやってきた。
岩陰になっていて島の中では涼しく、過ごしやすい場所だ。

「こんなところがあったんだな……なあ、指導ってどんなことをするんだ?」
「ああ。これからお前にある極意を教える。それは水と相性が悪い俺が泳ぐ為の方法だ」
「?あんたもこの島出身なんだろう?ここじゃ誰でも泳げるじゃないか」
「そうよねえ……?なにか特に習ったわけでもないし……」

ズルッグとミミロルが不思議に思っていると、その間にサイドンは準備を進める。

「なみのりって技は知っているな?」
「ああ……大波を呼び出す技だろ?水タイプの奴らがよく使っている」
「そういえば前にダイケンキが自慢してたわよねー。なみのりを使いながら泳ぐといくら泳いでも疲れないって」
「そう、それだ」

サイドンはミミロルの言葉にうなづき、話し出す。

「なみのりって技は船もないような時代に長距離航海をするために生み出された技だ。大波を呼び出して攻撃っていうのは副産物なのさ。こいつは水タイプじゃなくても使えるポケモンが何匹かいてな、俺もその一匹だ。お前は使えないが極意さえ掴めれば……」
「ちょっと待ってよ。そもそも、ズルッグは水が怖いのよ?それをどうにかしなきゃダメじゃない!」
「水が怖い……それを治すのは簡単だ。こうすればいいんだ!」

ズルッグをヒョイと持ち上げると、そのまま海に投げ込んでしまった。

「ズルッグ!!??」

突然のことでズルッグはパニックになっていた。
あいつが来たらどうすればいいんだ!
溺れる、このままでは溺れる、助けてくれ!

「ちょっとあなた、何するのよ!?」
「まあ見てろ」
「ああもう、いいわよ!ズルッグ、今助けに行くから!」

ミミロルが海に飛び出そうとしたのを止め、サイドンは大きく息を吸い込んだ。

「ズルッグ!!!お前の決意はそんなものか!!!俺やお前の父を見返すのだろう!!!ならば恐怖に打ち勝て!!!」

親父?見返す?
そうだ、俺はそのためにあいつの指導を受けることにしたんだ。
島の連中に白い目で見られるのも、泳げなくなってしまったのも全部親父のせいだ、なら乗り越えてやる!

「体は覚えているはずだ、水を克服しろ!」
「言われなくてもやってやるさ!」

溺れかけながら大声で答えたズルッグは、なんとかして岸に向かおうとし始めた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「とうさん、とうさんはなんでそんなにおよぐのがじょうずなの?」
「それは水とお友達だからだよ」
「お友達?」
「そうさ、水はこっちが怖がるとそれがわかって怖いことをする。でも水と仲良くすることができたら、水は力を貸してくれるんだ」
「そうなんだ!ぼくもみずとおともだちになれるかなあ?」
「もちろんさ、だってお前は……」

−−−−父さんの自慢の息子だからな。

「とう……さん……」
「あ!気がついたのね!よかったー」
「ミミロル?俺はどうなったんだ?」
「覚えてないの?あなた、ちゃんと泳げたのよ!でも岸についた途端倒れちゃって……心配したんだから!」

ミミロルはズルッグに抱き付いてよかったよかったと言い続けている。
それを聞きながら、ああそうかと、ズルッグは思った。
親父の言葉を思い出せたから、岸まで泳ぎきれたのか。

「もう、水は怖くないか?」
「ああ、サイドン、教えてくれ。なみのりの極意ってやつを」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

大会当日。

「おい、ズルッグの奴がいるぞ」
「泳げないんじゃなかったのか」
「途中で救助されるなんて無様な姿を晒さないでくれよ?」

ズルッグが参加することに島のポケモンたちはどよめいていた。それはそうだろう。ズルッグはこれまで一度も祭りに参加していなかったのだから。

「おいズルッグ!お前大会に出るのかよ!」
「ダイケンキか……そのとおりだが?」
「お前泳げなくなったって……」
「克服した。負けねえからな?」
「……おう!じゃあお前が負けたらお前は今日から俺の子分な!」
「じゃあ俺が勝ったらオレンジュース奢れ」
「よし、決まったな!せいぜい頑張れよ!」

ダイケンキはそういうと取り巻きたちの元へ戻って行った。
ズルッグが彼を見送っているとミミロルがため息を、しかしなんだか嬉しそうな表情でズルッグのことを見ていた。

「もう、二人とも素直じゃないんだから……ズルッグ、わたしも負けないからね!」
「ああ、もちろんだ」

巨大な影……サイドンが声をかけた。
いつも通りの格好で、どうやら大会には出ないようだった。

「二人とも最後まで気を抜くなよ。ズルッグ、お前ならやれる」
「言われなくてもわかってる」

そろそろ祭りの最大イベント、遊泳大会が始まろうかというとき、それは起きた。

「助けてください!!!」

突如声があがり、皆の視線が集まった先にいたのはワタッコであった。

「うちの子が潮に流されて沖まで行ってしまったんです!みなさん泳ぐの得意なのでしょう!?うちの子を助けてください!!!」

見れば沖のほうに小さなポケモンがバタバタと
誰もが躊躇して動かないでいると、一匹のポケモンがその中から飛び出した。

「おりゃあ!!!」
「ズルッグ!!!!」

ズルッグは泳ぎながら、サイドンに教えもらったことを思い出していた。
まず、水の波動を感じる。サイドンもズルッグも波動を使えるわけではないが、水と一つになるにはそれが一番手っ取り早い方法だったという。昔のポケモンの考えることはわからん。
次に、水をコントロールする。流れを生み出し、自らの力にする。このコントロールは物理技ばかり覚えていたズルッグには難しかった。だが、それも努力でクリアした。
なみのりを覚えられないズルッグには技にまで昇華させることができないが、それでも速さと疲れにくさを手にいれた。
そのことによって、昔、泳げなくなる前よりも断然に良い泳ぎができていた。

「よし、追いついた!もう大丈夫だ」

ズルッグは近くまで寄ると、ワタッコの子供……ハネッコを回収した。

「ひっく……お兄ちゃんありがとう……」
「ふん、お礼なんかいらねーよ。ほら、掴まれ」
「うん!」

ハネッコがいることにより、ズルッグの泳ぎは行きよりもゆっくりだ。だがしっかりと岸に向かっている。十分もせずに到着するだろう。
しかしそのとき、ズルッグの足を何かが掴んだ。

「なっ!?」

引っ張られ溺れかける。
何かいると瞬時に気付いた。そして、そいつが自分たちを溺れさせようとしていることも。

「くそっ!離せ!」
「お兄ちゃんしっかり!」
「チビ、しっかり掴まっとけ!振り払うぞ!」
「うん!」

そいつの触手を尻尾で叩きつけ、怯ませる。その瞬間にズルッグは一気にスピードを上げて泳ぎだした。
逃げ切ったと思った。しかしそいつは痺れるような感覚があった。

「く、動けない……!」

そのまま水の中に引き込まれる。水中に入って、やっと相手の姿が見えた。
水色で、水の中をゆらゆらと体が揺らめいている。薄いベールのような手でこちらに抱きつき、にたにたと笑う奴は少々厄介な奴だった。
プルリル、水、ゴーストタイプのポケモンである。

(このままじゃ俺もチビも殺させてしまう!とりあえずチビだけでも……!)

無理矢理体を動かして、ハネッコを自分から引き離す。軽い彼女はすぐに上へと上がっていった。

(後は俺だな……くそ、離しやがれ!)
「ゴハン、ヒサシブリノゴハン。オボレロ、オボレロ」
(お前なんかに食われてたまるか!)

その思いに反応して、光がズルッグを包み込んだ。
眩しさに、プルリルは思わず手を離す。

「かみくだく!」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「お兄ちゃんがポケモンに捕まってるの!助けて!」
「しかし海を縄張りにするポケモンに俺たちが敵うわけが……」
「助けてよおおお!!!」
「ズルッグ……」

ハネッコは泣きながら周りに訴えていて、ミミロルも今にも泣き出しそうな顔をしていた。
すると、サイドンが頭をぽんっと叩き、海を指差した。

「ミミロル、それにちびすけ。見てみろ」

すると海から上がってくるポケモンがいた。
ミミロルが我一番に駆け寄る。

「ズルッグ!」
「なんだよミミロル、俺が死んだかと思ったか?」
「ばかばかばか!この大馬鹿!心配かけて!!!しかも勝手に進化しちゃうし!!!」

そう、そこにいたのはズルッグ……いや、ズルズキンだった。
他のポケモンたちもズルズキンの周りに集まって、無事を祝っていた。

「ありがとう!あなたのおかげでうちの子が助かりました!」
「すごいな!ごめんな、今までバカにしていて」
「遊泳大会なんてやる必要はない!今年のヒーローはズルズキンだ!」
「そうだ、ズルズキンがヒーローだ!」

段々と今年のヒーローをズルズキンにしようという声が大きくなり、表彰の準備が行われ始めた。
ズルズキンは周りの盛り上がりについていけず、やめてくれと叫ぶことしかできなかった。

「そんな称号いらないって!ダイケンキ辺りに押しつけろ!」
「もう、ズルズキンってば、本当にひねくれ者ねー」
「ふっ、それが彼なんだろう。おめでとう、ズルズキン」
「あーもう、体が痒くなるからやめてくれー!」

ポケモンのすむ世界、ポケステール。その暑ーい島で新しく生まれたのは、ひねくれ者のヒーローだった。

ページトップへ
サイトトップへ