釣竿少年と水晶塔

 こんな噂を知っているか?
 アルミア地方の海底には、ポケモン達の暮らす海底都市があるんだってよ。
 そこではポケモン達が店をやったり、学校に行ったりしているらしいぜ。
 ニンゲンは決して近付けない、ポケモンのユートピア。
 中心のクリスタルがそこに住むポケモン達を見守ってるって話だぜ。



「こんちは」

 ここはナビキビーチ。
 俺はいつものレンジャースクールの制服に赤い帽子と黒いウエストポーチを身に付けて、いつも通りの時間にここに来た。

「少年、今日も来たのかい? 朝強いねえ」
「スクールは大丈夫なのかい?」
「この時間ならまだ大丈夫さ。それに俺、特にレンジャーになりたいってわけじゃないしなあ」

 すでに釣り人たちが何人かいた。昼間なら海水浴客もいる場所だが、朝早いこの時間には釣り人しかいない。
 親に無理矢理入れされられたレンジャーを育成する学校。
 卒業まであと半年だ。いい加減にこれからのことを決めなければ。しかし、俺にレンジャーが出来るのかといわれると不安で不安で仕方ない。別の道を探すべきなのかもわからなくて、はっきり言って未来のビジョンは描けない。

「で、釣れてるのか?」
「今日は駄目だ。ほれ、この通り坊主だ」
「腕落ちた?」

 親しい釣り人と会話しながら、自分も釣りの準備をする。
 今日はハナダのジムリーダーが監修したというルアーを使うか、それともオキアミか。自作したエサでチャレンジしても楽しいだろう。

「んなわけあるか。今日は海の様子がおかしいんだよ」
「そうかあ?」

 言われても自分にはいつもと同じように見える。

「おかしいさ。止めだ止めだ、俺は引き上げるよ」
「俺も止めるかあ。きっと今日は釣れないからな」
「じゃあ俺は皆が帰った後のここで大漁を目指しますか」
「頑張れよ。海に落ちるんじゃないぞー」
「平気さ。じゃーな」

 釣り人たちに別れを告げて、俺は海に釣竿を振った。



「釣れねーなぁ……」

 釣り糸を垂らして数時間。魚はおろか、コイキングの一匹もかかる気配がしない。
 空を見れば日がだいぶ高いところに来てしまっている。引き上げ時か。しばらく街をぶらついて、夕方になったらまた来よう。
 そう決めてイスから立ち上がったとき、ウキが動いた。

「きたか!」

 急いで竿を持ち直す間に、ウキが沈む。アタリがきた。
 この感じはもう魚に鈎に掛かっているようだ。
 そう判断した俺はリールに手をかけ、素早く、しかし慎重に引いていく。
 イケる。そう思ったときだった。

「え、ちょ、ちょっと待て!こいついきなり引きが強く……!」

 突如魚の力が強くなり、体重をかけて後ろに引っ張り返しても、そのままずるずると引きずられてしまう。
 そしてそのまま、ぐいっとさらに引っ張られてしまった。

「げ、ヤベぇ!」

 気が付いたときには体が宙に浮かんでいた。
 ライフジャケットを着ているから大丈夫だろう、そう思っていたが何故か体が水に沈んでいく。
 息ができない。
 気を失う瞬間、龍のような何かを視た気がした。



「……ねえ、ねえってば」
「う、うーん……」

 声がする。高い女の声だ。

「ねえ!起きてよう!」
「……う、頭が痛い」
「気が付いた?」

 霞む視界の中に、一匹のポケモンが映る。
 先の毛が広がっている三角の耳、途中からふさが膨らんでいる尻尾、そして糸目。
 確か……エネコとかいうポケモンだ。

「キミ、大丈夫?」
「……なんでエネコが喋ってるんだ……?」

 頭を強く打っておかしくなったか。
 目の前のポケモンが喋っているように見える。

「……大丈夫?頭強く打ちすぎたんじゃない?」
「ああそのようだ。全く、こんな幻聴を聞くなんてな」

 そう言って俺は体を起こした。
 頭がクラクラするが、なんとか周りの様子を見ようとして……俺は固まってしまった。

「なあ、鏡か何かあるか……?」
「鏡? 持ってないけど、そこの建物のガラス使ったら?」

 近くにガラス張りの建物があったので恐る恐る近付き、そこに映ったものに俺は頭を抱えてしまった。
 いつもの帽子に、いつものウエストポーチ。
 そして、壁に張り付くのに良さそうな手足、トカゲのような顔、赤い腹、肉厚な尻尾。

「せめて水ポケモンがよかったなあ……」

 そう言って俺は思わず天を仰ぐ。
 ガラスに映った俺の姿は、どこからどう見ても、キモリというポケモンだった。

「そこのエネコ、ここは何処だ?」
「ここ?ここはシークリスシティよ。そんなこともわからなくなったの?」

 周りを見れば、そこにいるのはポケモン、ポケモン、ポケモン。
 人間の姿はどこにも見当たらない。

「ここには人間はいないのか?」
「あったりまえじゃない!なあに?キミ、外から逃げてきたの?」
「外?」

 外とはどういうことだ?ここは外ではないのか?

「ここはシークリスタルの作った地下ドームの中なの! 強力な結界が張ってあるから、ニンゲンは入ってくるところか、見つけることもできないわ!」
「地下ドーム……? もしかしてここ、海の底なのか!?」

 俺は海辺にいた。そして海の中に引き込まれたんだ。ならそう考えるべきだろう。

「その通り! さ、ここで暮らすためにまずクリスタルのところに行きましょ!」
「放せよ!」

エネコは尻尾を俺の腕に器用に絡ませて、何処かへ連れて行こうとする。
それを振り払い、俺は彼女を睨みつけた。

「なによ、親切にしてるのに!」
「……俺は帰る」
「帰るって何処によ?」
「外に決まってるだろ!」
「なんでよ! 君逃げてきたんでしょ? 戻ってどうするのよ!」

ポケモンなら、そういう奴もいるかもしれない。だが俺は。

「俺は人間だ! 釣りしてたら海に落ちて気がついたらここにいたんだよ!」
「はぁ? ニンゲンー?」
「そうだ。早く帰らなきゃ寮を抜け出してしまったことがバレちまう」

怒ると怖いんだよなあ、アンリ先生。
一度怒られたときのことを思い出して、思わず身震いしてしまった。

「キミ、本当に本当にニンゲン?」
「……そうだけど?」
「名前は?」
「名前?俺はカイだ」
「じゃあ、キミが本当にニンゲンなのか確かめに行きましょうか!」
「はあ? 待てよ、俺は帰ると行って……! イテテ、引っ張るな!」

 俺は腕を引っ張られたまま、再び何処かへと連れて行かれる。
 その先には、巨大なクリスタルが見えた。



「デカイな」
「でしょー?」

 俺たちはクリスタルの目の前にいた。
 この街の印象を一言で言うなら都会。
 このまで来るのに街を駆け抜けて来たが、人間の姿はなくポケモンだけだった。しかも彼らは独自の文化を築いている。
 ショツプやら住宅やら人間界で見たような建物もあったが、中には独創的なものもあり、中々面白い。
 しかし、このクリスタルの周りには何もなく、ポケモンの姿もなかった。

「カイ、クリスタルに触れてみて」
「なんでだよ」
「……ここに伝わる昔話。クリスタルの中には不思議のダンジョンが広がっているんだって。ニンゲンならその扉を開けられるっていうんだ」
「不思議のダンジョン……?」

 聞いたことがない単語が出てきた。なんだそのいかにも危なそうな名前は。

「そう、入る度に地形が変わるダンジョンよ。このクリスタルの中のダンジョンの先には、すごく美しい宝石があるんですって!」
「興味ない」
「そんなばっさり!」

 今俺が一番しなければならないのは、スクールに帰ることだ。
 宝探しなんてしている場合じゃない。
 エネコには悪いが、ここでこいつとはお別れだな。
 はあ、とため息を吐いて俺はそれを伝えようとしたが、それはエネコには遮られてしまった。

「ねえ、カイ。街を見ててどう思った?」
「え? ポケモンの文化も面白いなと……」
「違う! ポケモンたちの様子よ!」

 怒鳴られてしまった。
 それで俺はここに来るまでに見たポケモンたちの様子を思い浮かべる。
 そういえば、みんな顔色が悪く見えたな。これだけ大きい街なのに、ポケモンの姿は少ないし。

「今シークリスシティは病気のポケモンでいっぱいなの。なんの病気かわからない。だから治療もできない」

 それはまずいな。そのままでは街のポケモンが全滅する可能性がある。

「で、宝石と何の関係があるんだよ?」
「その宝石は、特殊な力があるんだって。もしかしたら病気とかそういうものに効果があるかもしれない」
「なるほど。それを手に入れて街に元気を取り戻そうってわけか」
「そう。カイ、お願い!協力して!」

 俺は顎に手を当て考える。
 無視して帰る方法を探すというのが俺の目的には合っている。
 しかしだ。
 ここで見捨てたら俺はお天道様に顔を見せられないよな。

「よし、わかった。手に入れようぜ、その宝石とやらを」
「ありがとう、カイ!」

 エネコは嬉しくてたまらないのか、俺に飛びついてきた。
 まったく、この体では支えるので精一杯だ。

「よし、ミッションスタートだな。それで、だ。このクリスタルに触ればいいんだな?」
「うん。カイがニンゲンって認められれば、ダンジョンの入り口が開くはずよ」
「物は試しだ。やってみるか」

 そう言って俺はクリスタルに触れる。
 冷やっとした硬い感触が心地よい。
 すると。

「な、なに?」
「エネコ、一旦離れるぞ!」

 俺はエネコを抱きかかえてその場を離れる。
 後ろを振り返ると、音を立てて光が広がっていくのが見えた。
 なんなんだ。

「もしかして……マグナゲート?」
「マグナゲート?」
「うん、あの光の中に入ると、ダンジョンの入り口に行けるって聞いたことがある」
「じゃああれに入れば……」
「うん、宝石のところに行ける!」

 見れば少し光が弱まってきている。
 急がなければ。

「よし、行くぞエネコ!」
「うん!」

 そうして俺たちは光の中に入る。
 すると光の渦に巻き込まれ、どこかへと飛ばされる感じがした。
 俺の意識は、一度ここで途切れることになる。



「カイ、起きて。起きてよ!」
「……夢ではないのか」

 あれからどれくらいの時が経ったんだ?
 ああもう、頭が重いぜ。

「ほら、見てよ! あそこがダンジョンの入り口だよきっと!」
「なんか遺跡か何かみたいだな」
「さ、行きましょ!」
「ちょっと待て」

 どんどん行こうとするエネコを俺は止める。
 こいつは準備もしないで正体不明のダンジョンに行こうとしているのか。

「まずは持ち物の確認だ」
「持ち物? あ、そうね! たしはこれ! ダンジョンに入ると見えるっていう地図!」
「俺は……釣竿に釣り餌に……」
「なんか役に立ちそうにないものばかりね」
「使い方次第だろ」

 そういう閃きの導き方はスクールで嫌という程学んだからな。
 まあ、なんとかなるだろ。

「なあ、不思議のダンジョンについて情報はないのか?」
「凶暴なポケモンがいるとか、罠があるとか聞いたことあるよ。実際はあたしも知らないけれど……」
「そうか。後は行ってみるしかないか」

 情報が少ないのが問題だが、やるしかない。

「行くぞ」
「うん!」

 さあ、何が待ち構えているんだろうな?



 ダンジョンの入り口を通ると、大きな部屋に出た。
 水晶が所々に生えていて美しい。が、そういうものを楽しんでいる場合じゃないな。
 振り返れば入り口はなくなっている。
 ……戻ることはできないってことか。

「さて……どっちに進めばいいんだ?」
「わからない……地図はこの部屋しか書かれてないよ」

 エネコが持っていた地図には、この部屋と通路の入り口しか書かれていない。
 つまり、この地図は……

「自分たちが入ったところしか書かれないのか」
「そうみたい。とりあえず、この地図を埋める感じで行くしかないのかな」
「ならまずはあそこの通路に行ってみるか」

 そう言って俺は左にあった通路に入っていく。
 くねくねとした道を進んでいけば、予想通りそれに沿って地図も描かれていく。
 しばらく行けば新たな部屋に俺たちは出た。
 よし、そう内心ガッツポーズをしていたが、その部屋には俺たち以外のポケモンがいた。

「おい? あんた……」
「きゅああああああ!」
「やべえ、言葉が通じねえ」
「あれがダンジョンにいるっていうポケモン……」
「来るぞ!」

 俺の声に反応してポケモン……ニドラン♂は襲い掛かってきた。
 とりあえずそれを避け、蹴りを食らわせる。
 この先もこういうのが待ち構えているのか? 全く、いやになるな。

「メロメロ! からのーたいあたりー!」

 エネコが二つの技を続けて繰り出す。
 技か。そういえば俺も使えるのか?
 とりあえず覚えていようが無かろうが使えそうなものをやってみるか。

「カイ! そっち行ったよ!」
「おらよ! はたく!」

 俺は尻尾をしならせて叩きつける。
 ニドラン♂はそれで体力がなくなったのか、その場で消えてしまった。
 消えるとは……ダンジョンが生み出した幻か何かなのか?

「カイ、大丈夫?」
「ああ。多分先はまだまだ長い。行くぞ」

 そうして俺たちは奥に進む。地図も埋まってきたことだし、そろそろ何か見えてくるだろう。

「ねえ、カイ? さっきのニドラン♂程度なら楽勝だね!」
「まだ一階だろ?何があるかわからないさ」
「キミって慎重なのねー」

 エネコが楽観的すぎるだけだと思うが。
 こいつがなんなやらかしそうになったら俺が止めればいいか。
 はあ、なんでこんなことになってるんだか。
 ため息をついてエネコに続いて歩いたときだ。

「きゃー!」

 エネコが突然視界から消える。
 急いで近寄れば普通の地面があった場所に巨大な渦潮が生まれていた。

「ちっ!」

 俺は釣竿を取り出し、渦の流れを見る。
 落ち着け、流れを読めばあいつは助けられる。
 心を落ち着かせ、見えた一点に竿を振った。
 そしてエネコがかかったのを感じ取れば、急いで竿を引く。
 リールを回し、釣り糸の先にいる彼女を見てほっとため息をついた。

「……エネコ釣りは流石に初めてだな」
「あたしも釣られたのは初めてだよ……」

とりあえず、無事なようで何よりだ。



 だいぶ階層も進み、俺は半分以上は進めたのではないかと推測している。
 ここに仕掛けられているのは、先ほどの渦潮のように他のダンジョンにはないものが多いらしい。
 とは言っても、情報がエネコが本で見たり伝え聞いたものだから、たまたま耳に入らなかっただけかもしれないが。

「ここの特徴としては、水にちなんだ物が多い、ってことかな」
「そうだな、まさか上から水が流れてくるとは思わなかったぞ……」

 なんの罰ゲームだ。テレビ番組かなにかなのか。
 何十回目かわからないため息をついて、俺は考える。
 あのクリスタルからここに飛ばされたとしても、多分ここは海の中なのだろう。
 陸地ならば人間に発見されている可能性があるだろう。だが、不思議のダンジョンという言葉自体、俺は初めて知った。
 レンジャースクールで習わないということは普通の人々はもちろん、トップレンジャーも知らないのかもしれない。

「トップレンジャーならこれくらい乗り越えられるのか?」
「レンジャー?」
「……職業の一つだ。自然を守るのが大きな目的だな」
「へえ……なんかかっこいいね!」
「そうかあ?」

 まあ、確かにかっこいいといえばかっこいい。
 だが、それを理由にレンジャーを目指すのはなんていうか、本気な人たちに失礼な気がするんだよな。

「具体的にはどうするの?」
「そうだな。例えば……火事が起きたとする。そうしたら水ポケモンの力を借りて雨を降らすんだ」
「あまごいね! そっか、ニンゲンは技が使えないものね」
「ああ。だから、ポケモンと気持ちを通わせてこちらの指示に従ってもらうんだ。活動場所は広くてな、場合によっては遺跡や、山奥、海の中にも行く。それがレンジャーさ」

 スタイラーで心を通わせるあの感覚は嫌いではない。
 だがどうしても、俺よりもレンジャーになるべき存在がいる気がしてしまう。
 少し暗い気分になると、エネコが不思議そうに声をかけてきた。

「カイ、どうしたの?」
「いや……なんで俺はレンジャースクールに通ってるのかわからないだけさ」
「え、レンジャーになりたくないの?」
「よくわからない」

 将来を考えると気分が落ちんでしまう。
 エネコはそういうのはないのだろうか。
 それを聞くとふにゃりとした笑顔で彼女は答えてくれた。

「あたし? あたしはみんな元気に遊んで、昼寝して、ご飯食べれればいいかなー?」
「気楽だな」
「キミが考えすぎなんだよ。未来なんて誰にもわからないんだから、もっと肩の力を抜こう?」
「……それができたら楽なんだがなあ」

 出来ないからこうやって悩むわけなんだが。
 そろそろ腹も減ってきた。まだ先があるといのに空腹で倒れるとか洒落にならないぞ。
 と、そうこうしているうちに新しい部屋が見えた。

「あ、見て見て! グミが落ちてる!」
「グミィ?」

 菓子とか腹持ちしないだろ。
 もっといいものくれよ。

「えー、グミが美味しいし、能力上がることあるし、いいこと尽くめよ?」
「だがな、あれじゃすぐに腹が減るだろ」
「そんなこと言わずに食べてみてよ!ほら、取りに行こう!」

 そう言ってエネコが部屋に入ったときだ。
 上から大量のポケモンが現れ、襲い掛かってきた。

「まさか、噂のモンスターハウス!?」
「なんだその物騒な名前は!?」
「ポケモンが隠れてて部屋に入るといきなり現れるところだよ! まさに今の状況!」
「ったく、先に教えろ!」
「ごめんなさーい!」

 俺は襲い掛かってきたポケモンをざっと見る。
 メノクラゲ、ハリーセン、ネオラント、ママンボウ。
 海のポケモンだな。ならば。
 俺はウエストポーチから袋を取り出し、その中身をポケモンたちに向けて投げた。

「ほーら、お前らが好きな餌だ!」

 すると、ポケモンたちは俺たちのいる方向ではなく、その投げられた餌に向かっていく。
 その間に俺はエネコを引っ張り逃げ出した。
 しばらくして、落ち着ける場所に出たのでそこで一息つく。

「なんとかなったな」
「……ごめん」
「いや、いい。それにしてもこのダンジョンは驚きの連続だな」

 少しは休ませろよな、全く。
 俺が座り込んで休憩していると、エネコは何かを見つけたのか立ち上がる。

「ねえ、あれってなんだろう?」
「ん? ……宝石がなにかか?」

 そこにあったのは丸い、ピンク掛かった石だった。真ん中には、何かの模様が描かれいる。
 なんだろう、とても強い力を感じるな。

「綺麗ね……」
「せっかくだから持っていくか」
「え!?」
「世の中力のある石っていうのは結構あるからな。何かの役に立つだろ」
「そういうもの?」
「そういうもんだ」

 持っていけと俺のカンが言っている。
 カンと閃きは大切にしろとスクールで習ったからな、その通りにさせてもらおう。
 さあ、そろそろ次の階へ行くか。



「……雰囲気が違うな」
「うん。なんだかあったかいね」

 あれから更に進んだ。
 この階はあちこちに水晶があり、草花もいたるところに生えていた。
 今までと違う印象だな。
 と、なるとだ。

「もしかして、最上階か?」
「じゃあここが?」
「ああ、お前の言ってた宝石のある場所だろう」

 先は絶壁になっており、上に登るにはツタを使わなければならない。
 しかし、途中で繋がってないところがあるな。こういう時はターゲットクリアしなければ。
 俺にできるのだろうか?

「ま、やってみるしかないよな」
「カイ? どうするつもり?」
「こうするつもりだ! マジカルリーフ!」

 俺の言葉に反応するかのように現れた葉っぱは、俺の意思の通りに動き、ツタを切った。
 それによりもともと上へ伸びていたツタと垂れたツタの高さが同じになり、崖の上まで登れるようになった。

「よし、これでいいな」
「おおー! すごーい!」
「そうか?」
「うん! そういうのって学校で習ったんでしょ?」
「……そうだな。本来ならポケモンの力を借りてやるんだが、今の俺なら自分で出来ると思ってな」

 うまくいってよかった。他のツタまで落としていたら登れなくなっていたからな。

「案外向いているんじゃない?」
「何がだ」
「レンジャー」

 こいつは何を言っているんだ。

「こう、その場その場の判断力が欲しいんでしょ? カイはそういうの持ってると思う!」
「そうなのか?」
「うん、そうよ!」

 まあ、褒められて嬉しくないわけがない。
 俺は思わず照れてしまい、無言のままツタを登り始めた。
 向いている、か。そうだといいがな。

「エネコ、大丈夫か?」
「うん。わあ!とっても綺麗!」

 絶壁を登り切り、崖の上に立った俺たちのの目に入ってきたのは巨大なクリスタルだった。
 確かに美しいが、くすんでいるようにも見える。
 そのクリスタルの前には、たくさんのメレシーと知らないポケモンが集まっていた。
 そのうちの一匹がこちらに気付きを上げる。

「誰だ!? どこから入ってきた!」
「あたしたち、シークリスシティから来たの。ダンジョンを通って来たのよ」
「シークリスシティから? そうか、もう街まで影響が出ているのか」

 そのメレシーは困ったような顔をして考え込んでしまう。
 すると、メレシーたちの真ん中にいたポケモンがこちらにやってきた。

「爺、後は私が話します。下がりなさい」
「はっ」

 爺と呼ばれたメレシーはすっとそのポケモンの後ろに下がる。
 俺たちの前に現れたポケモンは、ピンクを基調とした、お姫様のようなポケモンだった。
 凛とした姿が美しい。が、どこか元気がないようにも見える。

「私はディアンシー。シークリスシティを守る役目を海の神から授かっています」
「ディアンシー! 今街では病気のポケモンがたくさんいるの。ここに特殊な力を持った宝石があると聞いたわ。それをあたしたちに分けてくれないかしら?街のみんなを元気にしたいの!」

 エネコが俺たちがここに来た理由を話す。
 さて、これでうまく宝石が手に入ればいいんだが。

「確かにそれはあります。いえ、ありました」

 過去形だと?
 その言葉に俺は不安を覚える。

「シークリスシティを支える、聖なるダイヤ。あなたが言う特殊な力を持つ宝石とはそれのことでしょう。ただ……」

 ただ、なんだ?

「その聖なるダイヤの命が終わってしまったのです。シークリスシティで病気のポケモンが増えた原因はダイヤが力を失ってしまったからでしょう」

 そう言って、ディアンシーはちらりと後ろを見た。
 その視線の先には登ってきたときに見えた巨大なクリスタル。多分これは聖なるダイヤの成れの果てなのだろう。
 それは俺たちが見ている前で音を立てて崩れていった。形を保つのも限界だったらしい。

「じゃあどうすればいいのよ!?」
「これ、姫に失礼ではないか。だいたい、ここは聖なる領域。お前たちのような者が入ってきて良いところではない!」
「およしなさい、爺。そもそも、私が悪いのです。あの石さえ無くさなければ新しい聖なるダイヤを生み出せたのですから」
「どういうことだ?」

 俺が聞くと、ディアンシーは語り出した。
 メレシーの突然変異であるディアンシーには、ダイヤを生み出す力があるという。今までシークリスシティを護っていたダイヤも、先代のディアンシーが生み出したものであるらしい。
 ならば早く新しい聖なるダイヤを作り出して欲しいところだが、今の彼女に聖なる力を宿したダイヤは作れないのだと言うのだ。

「何故だ?姫、何故先代には出来て貴方には出来ない?」
「それは……今の私にはメガシンカが出来ないからですわ」

 メガシンカだと?
 カロスやホウエンで発見されたさらなるポケモンの進化のことか。

「メガシンカするにはメガストーンが必要です。しかし私はその大切なメガストーンを無くしてしまったのですわ……」

 自責の念に駆られているのか、俯いて語るディアンシー。
 なるほどな。メガストーンか……
 スクールじゃさらっと触れただけだからな。
 メガストーン、ポケモンを進化させる石、つまり力のある石……

「ん? 待てよ? おい、姫、貴方が無くしたというメガストーンって言うのはこれのことか?」

 俺はダンジョンで拾ったあの石をウエストポーチから取り出す。それを見たディアンシーの顔は驚きで満ちていた。

「それは姫のメガストーン! お主、それを何処で!?」
「ここに来る途中のダンジョンで拾った。ふう、カンに従ってよかったぜ」
「ああ、よかった……ありがとうございます。貴方に感謝を。お名前を伺っても?」
「カイといいます」
「カイ様……ありがとうございます。この恩は忘れません」

 ディアンシーはメガストーンを受け取り、安心したような顔を浮かべた。
 しかし俺は、メガシンカに必要なもう一つのことを思い出していた。

「だが、確かメガシンカには人間の力が必要じゃないのか?」
「ええ、その通りです。ですがそれは心配に及びません」
「そうなのか?」
「はい。海の神、ルギア様がこの地にニンゲンを連れてくると仰ってました。ですから、その方に頼み、私をメガシンカさせてもらうつもりです」

 ルギアか。まさか伝説の名をここで聞くとは思わなかった。
 俺が物思いにふけっていると、エネコが口を開いた。

「あのさ、カイ。一つ思ったんだけど……」
「なんだ?」
「そのルギアが連れてきたニンゲンってさ、カイのことじゃない?」

 何言ってんだこいつ。

「何を言うか! その方はどう見てもキモリではないか!」
「でもカイがシークリスシティのクリスタルに触れたからあたしたちはここに来れたんだよ! ニンゲンにしか開けられないダンジョンよ扉を開いたのは確かなんだから!」
「エネコ、確かに俺は人間だ。しかし、今はあのメレシーよ爺さんが言う通りキモリだし、そもそも俺は神様になんて選ばれるような奴じゃねーよ」

 カントーに巣食うマフィアを壊滅させた奴、復活したマフィアをジョウトから退治した奴。ホウエンを自然災害から救った奴に、世界を滅ぼし新しい世界を生み出そうとした宗教団体からシンオウを守った奴。人間とポケモンを離れ離れにし、自分達だけポケモンを独占しようとしたグループからイッシュを助けた奴らに、自分達だけ生き残ることで世界を守ろうとした集団を否定し止めた奴。もしくは、フィオレ、オブリビアを救ったトップレンジャーたち。それから、アルミア地方を救った、あの人たち。そういう人間ならわかる。
 だが俺は大した目標もなく、毎日をだらだら過ごしているだけの凡人だ。スクールを卒業出来たとしても、俺に待っているのは輝かしい明日なんてものではなく、灰色な毎日だろう。
 天に愛された人たちと、俺は違う。

「そんなことないよ。確かに、まだカイは何かを成し遂げてないのかもしれない。でも、君にも出来ることは沢山あるはずだよ!」
「何言ってるんだ……俺はこの世界のストーリーからしたらモブCだ」
「この世界? 世界なんて沢山のストーリーが繋がって繋がって出来ているだけ。君の人生というストーリーの主役は君しかいないんだよ?」
「説教かよ……」

 そういうのは聞き飽きたんだ。
 主役なんてのは、世界の中で一握りの存在しかなれないんだ。

「先程から聞いていますが、私もそちらのエネコ様に賛成ですわ」
「姫、俺は……」
「私はどんな命であれ、それぞれ役目があると思っております。私がこの通りシークリスシティを護るものとして生まれたように、エネコ様がここにカイ様、貴方を連れてきたように」

 ディアンシーは姫と呼ばれるだけあって、その言葉にはひとを引き込む力がある。……カリスマってやつか。

「姫、誰もが貴方のように持っているわけではない。世の中俺みたいな何もない凡人がほとんどなんですよ」
「カイ様、貴方はそのようにご自分を否定し続けてどうするのです?」

 俺が自分を否定している?

「確かに、世界の命全てが世界に名を残すわけではありません。しかし、カイ様のように自分を否定し続けていては、そのうち何も感じなくなってしまいます。楽しいことも、嬉しいことも……」
「……」
「あたしだって、君と同じ凡人だよ?ここに来るまでだって、カイの足を引っ張ってしまった。でもね、カイと居て、あたしは楽しかったよ!」
「そりゃお前がダンジョンに憧れてたからだろ」

 俺の言葉にうっとエネコは押し黙る。図星かよ。

「……それもあるけど。でもやっぱりカイがいたからだよ」
「カイ様、ご自分を否定する前によく思い出してください。貴方を認めてくれる方だっていたでしょう?」

 そう言われて頭に浮かんだのは、レンジャースクールで出会った人たちだった。
 ふざけたことを言い笑わせてくるが、何かあれば助けてくれる友人。怒ると怖いが、俺に真剣に向き合ってくれたアンリ先生。そしてたまたま出会い、筋がいいと言ってくれたトップレンジャーの二人。確か、ハジメとヒトミと言っただろうか。

「必要以上に自分を否定し続けるのは、その方たちまで否定することになりますわ」
「そう言われてもな、姫。姫は命には皆役目があると言ったが、その役目が何なのか、それどころか俺には将来さえわからないんだ」

 俺の言葉に、エネコは頭をひねりながら口を出す。

「うーん、将来って全く考えないというのは問題あるけどさ、深く考えなくても案外なんとかなるものなんだよ。ディアンシーがいう役目っていうのもさ、終わってからそうだったって気付くか、全く気付かないで終わるものなんじゃないかな?」
「その通り。私のように、宿命としてわかっている者が例外なのです。それに……」

 そこでディアンシーは口を押さえクスリと笑った。

「もし未来が全て見えたとしたら、それはつまらないでしょう?」
「……そりゃあそうだな。釣りだって狙ってる奴が来るとは限らない。そのときかかる魚がわからないから、その魚との勝負が楽しいから釣りは面白いんだ」

 俺も思わず笑う。
 そうか、そういう簡単なことだったんだな。
 俺は将来っていうものを大袈裟に捉えすぎていて、不安をわざわざ大きくてしていたんだ。

「もっと楽しんでいいのか。そして、時が来れば勝負すればいい。俺がそのとき望む結果になるように」

 頭の中の不安の塊が小さくなった気がする。

「カイ様、これを」
「これは……ブレスレットか?」

 一匹のメレシーから受け取ったそれを、ディアンシーが俺に渡す。

「キーストーンが付いているアクセサリーです。……これから一つ、大きな役目を果たしてみませんか?」

 渡されたブレスレットをまじまじと見る。
 人間とはいえ今の俺はポケモンだ。上手くいくとは限らない。

「エネコ、俺はできると思うか?」

 俺は思わず、エネコにそう聞く。

「出来る!だって、ここに来るまでカイはあたしをたくさん助けてくれた。カイがいたからあたしはここにいることが出来るんだよ。だから、自分を信じて」
「とは言っても、俺は自分が信じれないからな」
「カイ……!」

心配そうに見てくるエネコに対して、俺はニヤリと笑った。

「だから出来るって言ってくれたエネコを信じることにするさ」
「カイ!うん!大丈夫、君なら出来る!」
「よし、このミッション、成功させる!」

 ブレスレットを腕に巻き、ディアンシーを見る。
 ディアンシーは頷き、メガストーンを胸に抱えて祈るように手を合わせた。
 俺はブレスレットに付いているキーストーンに触れる。
 お願いだ、俺を信じてくれている奴のためにも、力を貸してくれ……!
 すると思いが通じたのか、キーストーンが熱を持った気がした。
 俺はブレスレットを身につけた手を天に向けて突き出し、吼える。

「キーストーンよ! ディアンシーに力を!」

 すると、ディアンシーのメガストーンが輝きだし、ディアンシーは光に包まれる。
 メガストーンに刻まれていた模様が浮かんだと思うと、光が割れ、神々しいポケモンが現れた。
 頭から垂れた飾りのついた布、ピンクの宝石が並んだドレス、そして頭にはハートの宝石。
 元より姫君らしい姿だったが、更にドレスアップしたようだ。

「姫が! 姫がメガシンカを!」
「これがメガシンカですのね……! 力が溢れます」
「やったよ、カイ!」
「ありがとうございます、カイ様。これなら!」

 初めて見たメガシンカに惚けていると、メガディアンシーは聖なるダイヤがあった場所を向いた。そして手を前に突き出すと力を込める。
 するとどうだろう。彼女の前にダイヤが生まれた。それはどんどん巨大になり、やがて崩れ落ちたクリスタルと同等の大きさになると、美しい輝きを放ちながら、その場に鎮座したのだった。

「爺……! カイ様、エネコ様! 私やりました!」
「おお! 姫! 姫ー!」

 こちらに振り向くと同時にメガシンカは解け、ディアンシーら元の姿に戻る。
 メレシーたちはディアンシーの元に駆け寄り、彼女を讃えた。

「ディアンシー」

 俺はディアンシーに声をかける。

「俺は……俺たちはやったんだな?」
「はい」
「シークリスシティのポケモンたちはこれで助かるんだな?」
「……エネコ」

 俺はエネコの方を向く。

「カイ……! やった、やったよ!」
「エネコ、まだだ。まだやらないといけないことがある」
「え……? なに?」
「それはだな……」

 俺はエネコに耳打ちすると、エネコはパッと顔を明るくして俺の言葉に乗っかった。

「よし、行くぞ……!」
「うん!」
「「ミッション……クリア!」」

 そう言って俺たちはレンジャーポーズ……つまり、決めポーズを取った。
 実は一度やってみたかった。かっこいいからな。

「お二方、ありがとうございます。特にカイ様。貴方のおかげで……」
「カイ、ありがとう! これでみんな助かる!」
「エネコと姫のお陰でこっちも救われたからな。お互い様だ」

 二人がいなければ、俺は未来に向けて一歩を踏み出せなかっただろう。
 そう思えば、これくらい安いものだ。

「ところでカイ……これからどうするの?」
「そうだな……姫、シークリスシティから外の世界に出る方法は知らないだろうか?」
「それならルギア様に聞くのが一番かと。カイ様を連れて来たのもあの方ですから」

 ルギアか……もしかして、海に落ちたとき一瞬見えたのがそうなのだろう。しかし、相手は伝説のポケモン。どうやって会いに行けばいいんだろうか。



「シークリスシティのディアンシーよ」

 俺が頭を捻らせていると、突然声がこの場所に響いた。
 何事だ!?

「この声はルギア様!」

 ディアンシーの声に反応するように、巨大な竜のような、鳥のようなポケモンが上から現れた。
 こいつがルギア……!

「ディアンシーよ、聖なるダイヤを生み出せたようだな」
「はい、この通りです。ルギア様が連れて来てくれたカイ様のお陰です」

 ディアンシーと話していたルギアがこちらを向く。
 優しい目だ。

「カイというのか。突然連れて来て済まなかった。ディアンシーを助けてくれたこと、感謝している」
「いや、俺はここにこれてよかったと思ってるんだ。こっちこそ感謝してるよ」

 方法は感心しないがな。溺れ死んだらどうするんだ。

「そうか。だがそろそろ外の世界がうるさい。お前を元の場所に返さなければ」
「シークリスシティを見てから……というのは無理そうだな」
「ああ」

 それは残念だな。あの街の様子を見たかったんだが。
 俺はエネコに向き合う。エネコは笑っていたが、目には涙を浮かべていた。

「というわけでエネコ……ここでさようならだな」
「カイ……」
「ありがとう。倒れてた俺を助けてくれて」
「いいんだ。あたしのほうこそありがとう。君が来てくれてよかった。でも、これでさよならなんて思わないでね?」」

 はあ?と俺が口を開けると、エネコは器用に尻尾で涙を拭きルギアに向き合った。
 何する気だこいつ。いや、なんとなく読めたぞ。

「ルギア! あたしもカイと一緒に外の世界に連れてって!」
「やっぱりかー!」

 予想通りの行動に思わず笑ってしまう。
 だがなエネコ、お前はあるルールを知らない。

「エネコ、もしルギアが許可出しても、俺とはいられないぞ?」
「え!? なんで!?」

 驚愕した顔で俺に詰め寄る。
 仕方ないだろ、俺が今通ってるのはレンジャースクール。

「まだ俺はパートナーポケモンを連れることが出来ないんだ。レンジャースクールを卒業してないからな」

 エネコはぶすっとした顔でこちらを見る。トレーナーじゃなくてレンジャーだから仕方ないだろ。

「カイ様。外の世界でもお元気で」
「姫もお元気で。シークリスシティを護る存在なんですから無理はしないでくれよ?」
「もちろんです。爺たちもいますから」
「カイ殿! この爺、貴方のことは忘れませんぞ!」
「こっちだって忘れないさ」

 ディアンシーたちと別れを告げ、俺はもう一度エネコと向き合う。

「本当にさようならなの……」
「縁があればまた会えるだろ。そのとき俺が何してるかはわからないけどな」
「カイが好きな道を行けばいいと思う! ルギアが連れて行かなくても、カイがどんなところに居たとしても、会いに行くから!」
「……エネコが人間の俺には気が付かないかもしれないぞ?」
「そんなわけない! 絶対わかる!」
「じゃあそのときを楽しみにしよう、お互いにな」
「わかった、絶対だよ!」

 そう言ってエネコは俺に尻尾を向ける。これはもしかしてポケモン流の指切りか?
 俺も尻尾をエネコの尻尾に向け、俺たちはパンっと音を鳴らして尻尾と尻尾をぶつけあわせた。

「そろそろいいだろうか?」
「ああ」
「では、私の背に乗ってくれ」

 言われた通り、俺はルギアの背に乗る。
 そして、エネコたちに見送られながら、外の世界……俺のいた場所へと戻っていった。

「……ルギア、半年後にあいつを外の世界に連れ出してやってくれないか?」
「……いいだろう」
「場所は……」



 俺がルギアに引っ張り落とされてから丸一日が経っていたらしい。
 レンジャースクールに帰ると、校長を始め先生全員に怒られた。特にアンリ先生は酷かった。まあ仕方ない。
 釣り仲間たちにも心配をかけたようで、こちらには菓子折りもって挨拶にいった。
 ちなみに、何をしていたのかは覚えていないと言って答えなかった。ポケモンになってポケモンだけの街に行ってましたなんて、信じてもらえるかわからないし。
 俺自身、夢だったんじゃないかと思ってる部分がある。
 だけど、あれは夢じゃない。それは返し損ねたブレスレットがそう教えてくれている。
 いつか、返しに行かなくちゃな。
 俺は緑色のスクールの制服ではなく赤い制服と、いつもの帽子とウエストポーチを身につけ、あの時のようにナビキビーチにいた。釣竿は袋に入れ背中に斜め掛けしている。

「ナビキビーチ……多くのレンジャーがパートナーと出会った場所、か」

 そう、あれから半年が経っていた。
 本当ならそろそろ勤務地に向かわなければならないのだが、俺はまだここにいた。
 あいつとの約束があるからな。

「……カイ? カイだよね?」

 お、やっと来たか。

「遅いぜ、エネコ」
「本当にカイ?」
「全く……人間でも絶対わかるって言ったのは誰だよ?」

 あの時を思い出し俺は肩を竦める。

「カイ!」
「おっと……」

 あのときと違い、俺は軽々とエネコをキャッチする。
 全く、相変わらずみたいだな。

「ねえ、カイ? 一つ気になったんだけど……なんであたしの言葉通じてるの? 今のカイ、ニンゲンなのに」
「知るか。こっち戻ってきたらこうなってたんだ」

 エネコを肩に乗せ、俺は歩き出す。
 目指すはビエンタウンのレンジャーベースだ。

「エネコ」
「なにー?」
「トップレンジャー、目指すか」
「お、言うようになったねー!」
「うるせえ」

 釣竿を背負ったポケモンレンジャーとそのパートナーお気楽猫子猫がとある地方で活躍するのは、また別のお話。

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