24:声がする

「ここが幸いの森……」
「気持ちがいいところねー」

 シオンタウンとセキチクシティの間の道路。そこから外れた奥深い森にわたしたちはいた。
 空気が美味しい。それとなんとなく懐かしいような感じがする。

「フジさんは「この森を訪れた者には幸せが来る」そう言ってたな」
「どういう意味だろうな。なにか特別なポケモンでもいるのか……?」

 沢山の音が聞こえる。ポケモンの声、動物の声、葉のこすれる音。
 まるで、マサラの森のように、心が落ち着く。
 何故こんなにも安心するんだろう。
 森の音に浸っていると、どこからか声がした。

(やっときた。やっときてくれた)
(待ってたよ。ずっと待ってたよ)
「誰?」

 ポケモンや動物とは違う声。
 不思議と怖い、とは思わなかった。

「ルナ、どうかした?」
「声がしたの。みんなには聞こえなかった?」
「声? 何も聞こえなかったけど……?」
「気のせいじゃないのか? それかポケモンの声を聞いたんだろ」
「それとは違ったんだけどな……」

 今はもう、聞こえない。
 何だったんだろう?

「さあ、先に進もう。ここに森の民がいるはずなんだ」
「ルナのお仲間かー、どんな人たちかな!」
「こいつみたいに気の抜ける奴ばかりじゃないといいがな」

 それぞれそんなことを言って、森を進む。
 わたしは森をぐるりと眺めてから、彼らを私も追いかけていった。

『人だ、人が来た』
『森の民?』
『違うみたい』

 森に住む生き物たちの声が聞こえる。
 どうやら、見慣れないわたしたちに警戒しているようだ。

「あーもう! どこにいるのよ!」
「さっき森に入ったばかりだろ。落ち着け」
「だって何の手がかりもないのよ?看板とかあるかなって思ったのにー」
「うーん、確かに……このままじゃ森の中で迷ってしまうな……」

 そうだよね。森の民がどこにいるかわかればいいんだけど……
 わたしたちがどうするか困っていると、また声がした。

(そっちじゃないよ。こっちこっち)
「こっち?」
(そう、こっち。こっちにきて)

 声がわたしを呼ぶ。
 誘われるように、わたしはそちらへと歩いていく。

(こっちこっち)
(そこぬかるんでるから気を付けて)

 言葉に従って森の奥へ進もうとすると、それにみんなが気付いて止めようとした。

「どこに行くんだ!?」
「迷子になるよ!」
「バラバラになるのは危険だぞ」

 声は相変わらずわたしを呼ぶ。

「声がしたよ。こっちだって」
「声? それってさっきもしたっていう?」
「うん、たくさんするよ」

 この声は信じていいって、直感で思った。
 何故だろう。この声を聞いていると、すごく安心する。

「……よし、ルナの聞いた声っていうのに従ってみよう」
「いいのか? 危険かもしれないぞ?」
「でも他に手がかりもないし、もしかしたら森の民がルナのこと呼んでいるのかもしれないし!」
「それもそうだな」
「決まりだね。ルナ、案内してくれ」
「うん、こっちだよ」

そうしてわたしたちは森の奥へと進んでいく。
森全体が、嬉しそうにしているような音が流れた。

(こっちだよ)
(そっちは木が倒れてて通れないよ)
(みんな待ってるよ)
「みんな?」

 声は楽しそうに、歌うように言う。

(そう、みんな)
(みんな貴方を待ってた)
(私達も、森に住む生き物たちもみんな待ってた)

 待っている人たちがいることは嬉しい。どんな出会いが待っているのだろう。
 でも、わざわざ生き物と自分たちを分けるということは、この声は別の存在ということだろうか。

「ルナ、声はなんて言ってるの?」
「みんなわたしを待ってただって」
「みんなってやっぱり森の民?」
「それはわからない。森に住む生き物ってまとめられたから」
「とりあえず行ってみればわかるだろう」
「あ、見て! あそこ開けてるぞ!」

 アッシュが指差した場所をみんなが注目した。
 そこからは暖かい光が溢れている。

「行こう!」

 わたしたちはダッシュしてそこへと向かっていった。

————————————

「あったかーい!
「穏やかな気持ちになるな」

 その広場は上が開けていて、空が見え太陽の光が射し込んでいる。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には岩が佇んでいた。
 行き止まりのようで、奥には岩壁が見える。

「あの石……?」

 その緑の美しい岩は、キラキラと輝いて見えた。
 なぜか、その岩に心惹かれる。
 思わず近付くとあの声がした。

(そう、その岩)
(その岩が鍵)
(触れてみて。貴方なら扉が開く)

 言われるがままに触れようとする。
 すると。

「はっぱカッター!」
「ルナ!」

 わたし目掛けて飛んできたはっぱカッターから、アッシュが地面に押し倒して助ける。

「誰だ!」
「それはこちらの台詞だ。何者だ貴様ら! この森に何の用だ!」

 現れたのは、緑の瞳が美しい、私たちより少し年上らしい少女だった。身につけているのは民族衣装のようだ。スリットの入った長いトップスの下にスカートを履き、金属の飾りのついた腰布を巻いている。モンスターボールはその金属の飾りに固定されていた。
 傍にはキレイハナを連れている少女もキレイハナも、緑の石を身につけていた。
 彼女たちはこちらを睨みつけて、かなり警戒しているように見える。

「ちょっと! いきなり攻撃はないんじゃない?」
「人間に直接攻撃というのもどうかと思うぞ」
「うるさい! レイ、リーフブレード!」
『この森で悪さするなら許さないんだから!』

 リコとカズくんの言葉を全く聞かずに、彼女は再び攻撃へ移る。
 キレイハナはわたしたちにリーフブレードを振り上げた。

『ルナを虐めるなー!』

 そのとき、勝手にわたしのボールが開いてソーヤが飛び出してきた。
 そしてそのまま、キレイハナに体当たりをする。

「くっ、やるな! しかし私は守人としてやらねばならないのだ!」

 彼女はそう言ってさらにポケモンを出そうとする。
 しかしそれは、あの声に止められた。

(待って!)
(その人たちは敵じゃない)
(わたしたちがずっと待ってた人)
(だから攻撃しないで)
「森よ、どういうことだ?こいつらを待っていただと?」

 彼女はあの声に反応した。
 あの人も声が聞こえるんだ!

(だって彼女は、時渡りの巫女)
(わたしたちの大事な娘)
(そう。だから、攻撃しちゃダメ)
「時渡りの……巫女だと……!」

 時渡りの巫女。その言葉を聞いて少女は狼狽した。
 そしてわたしに近付くと、跪いて頭を下げる。

「申し訳ありません! 時渡りの巫女様とは存じあげなかったもので!」
『申し訳ありません!』

 態度が一変して、わたしは驚いてしまった。
 それにしても、ここでも時渡りの巫女か。

「……あなたは時渡りの巫女について何か知っているのね?」
「はい、よく聞かされております」
「わたしは自分のことがよくわからないんだ。だからわたしの仲間……森の民に会いに来たの」

 ここなら、きっとわたしのやるべきことがわかるはず。

「ならば、里へご案内しましょう。その岩に触れてください」

 緑の岩に触れると、岩から文字が浮かび上がる。アンノーン文字だ。PELEPASAN。なんて読むんだろう?
 すると、岩壁がすうっと音を立てずに消え、代わりに道が現れた。その先に、村のようなものが見える。

「すっごーい!」
「どういう原理なんだ……?」
「さあ、参りましょう。お仲間もご一緒に」

 少女の言葉に従って、みんなが村へと向かう。

「ルナ、行こう!」
『大丈夫だよ! みんないるんだから!』
「うん!」

 わたしの求める答えがきっとここにある。

————————————

 村に入ると、少女と似たような衣装をまとった人々がいた。
 それぞれ世間話をしていたり、仕事をしていたりしている。
 そのうち一人が、こちらに気付いて少女に声をかける。

「んー? その人たちは誰だ?」
「時渡りの巫女様とはその仲間たちだ」
「時渡りの巫女様!?」

 その言葉に他の人たちも反応して、周りに集まってきた。

「どの方だ!?」
「この時代に来ていると聞いていたが……本当だったのか!」
「俺、おばば様に伝えてくる!」

 人々は盛り上がり、思わず気押されてしまう。

(言ったでしょう?)
(みんな待ってた)
(貴方と会えるのを楽しみにしてた)
「そうなんだ……」
『ルナ! すごいね! みんなぼくの言葉がわかるんだよね? いっぱいお話できるかな?』
「出来るといいね?」
『うん!』

 この人たちが、わたしの同胞。正確に言えば、ご先祖様か。
 うん、そうなんだ。族長やダイキに出会った時と同じように、私の心が彼らを仲間だと言っている。
 まるでまた一つ、帰る場所ができたみたいだ。

「時渡りの巫女が来たそうじゃな」

 人の壁が割れて、一人の老婆が前に出てきた。
 腰が曲がり、杖がなければ歩けないようだが、優しそうな茶色い瞳をしている。

「トレーナーたちよ、よく来なさった。私は皆からおばば様とよばておる、ご意見番のようなものじゃよ」
「はじめまして、おばば様。わたしはルナ、皆さんと同じ森の民です」

 緊張しつつ、わたしは名乗った。あえて、時渡りの巫女とは名乗らない。
 だってまだその時渡りの巫女というものがわかっていないもの。

「未来からきた子だね? ふむ、名前、背格好、聞いていた通りじゃ。他の子は確か、アッシュ、リコ、カズヒロだったね」
「僕たちのことも……?」
「ああ。聞いておるよ、森の子供たちよ」
「森の子供たち……?」
「いずれわかるさ。今は覚えておかなくてもいいよ」

 ふふっと笑うと、おばば様は他の森の民に指示を出す。

「さあさあ、みなさん。彼らに衣装を。今日はお祭りですよ」

 その言葉に、周りがわぁっと盛り上がった。
 着替えさせるため、わたしたちは別の場所に案内される。私の周りに煌びやかな、しかし嫌みのない衣装を着た女性たちが現れ、別の場所へ連れて行こうとする。
 アッシュたちとは別の場所のようだ。少し心配になってアッシュの方を見ると、彼はニコッと笑って大丈夫と伝えてきた。
 そうだよね。大丈夫。どんな服装になるのか楽しみだな。

「時渡りの巫女様は瞳の色が茶色なのですね」
「うん、いつもは」
「いつもは?」

 案内しつつ話しかけてきた女性は、不思議そうに私を見る。
 この人の瞳の色は緑だ。

「超能力とか使うと緑になるんだ。他の人はそういうのないの?」
「いえ……でもやはり、緑を宿していらっしゃるのですね」
「緑を宿す……?」
「はい。力のある森の民は瞳や髪の色が緑になるのです。でも、時渡りの巫女様は特殊なのですね」

 これ、やっぱり特殊なんだ。
 なんでわたしだけこうなるんだろうなあ。

「へえ……あなたもなにか力があるの?」
「はい、予知を少々。巫女や神官になるのは、多くはそういう者たちなのです」
「じゃあ、あなたも時渡りの巫女なの?」
「それは貴方だけの称号です。普通の巫女や神官は、時渡りの巫女様やセレビィ様をお助けするの者なのですよ」

 うーん、時渡りの巫女ってなんなんだろう?
 他の森の民よりも上に思われているみたいだけど、わたし、そういう教育を受けているわけじゃないのになあ。

「さあ、ここが衣装室です」

 案内された場所には、すでに何人か女性が集まっていた。
 その中には、最初に出会った守人と名乗った少女もいる。

「巫女様さっきは申し訳ありませんでした!」
「も、もういいから!」
「しかし……!」

 食い下がる少女に、わたしは一つ思いついたことを言ってみることにした。

「じゃあ、一つお願いを聞いて?」
「はい、なんでしょう?」
「他の人にも聞いてほしいんだけどね。あの……巫女様って呼ぶのやめて、名前で呼んでほしいな」
「え」

 彼女はぽかんとした顔でわたしを見つめている。

「あと、敬語もやめてほしいかな。さっきから敬語ばっかりで堅苦しくて」

 恭しくされるのには慣れていなんだもん。なんか話してるだけで疲れちゃう。

「んーっと、簡単に言うと、友達になってほしいなって。わたしはルナ。あなたは?」
「本当にいいの……?」
「うん!」
『わーいお友達お友達ー!』
「わかり……わかった。私はエミ。よろしく、ルナ!」

 エミさんか。やっと名前教えてもらえた。
 仲良くできるといいなあ。

「さあ、着替えましょうか! 腕がなるわー!」
「そうね! ああ、時渡りの巫女様の着付けができるなんて幸せ!」
「さあさあルナさん、こちらに立ってくださいな。後は私たちが!」
「え、あのちょっと!?」

 わたしたちの会話が終わるのを見計らい、周りの女性たちが一斉に動き出す。
 なぜかとても楽しそうだ。

「あー、ルナ。我慢して。その人たちは人のこと着せ替え人形にするの大好きなんだ」
「えー!?」
「さあ覚悟してくださいね!」
「いやー!」

 そうすると、襲いかかるかのようにわたしを着替えさせ始める。
 あわあわしてる間に、またあの声が聞こえた。

(後はあの方とあってもらうだけ)
(私たちはあなたたちに頼むことしかできないから)
(お願い、あの方を助けてあげて)

 何ができるかわからないけれど、やれることやってみるよ。
 心の中で、そう声に返した。

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