「気持ちがいいところねー」
シオンタウンとセキチクシティの間の道路。そこから外れた奥深い森にわたしたちはいた。
空気が美味しい。それとなんとなく懐かしいような感じがする。
「フジさんは「この森を訪れた者には幸せが来る」そう言ってたな」
「どういう意味だろうな。なにか特別なポケモンでもいるのか……?」
沢山の音が聞こえる。ポケモンの声、動物の声、葉のこすれる音。
まるで、マサラの森のように、心が落ち着く。
何故こんなにも安心するんだろう。
森の音に浸っていると、どこからか声がした。
(やっときた。やっときてくれた)
(待ってたよ。ずっと待ってたよ)
「誰?」
ポケモンや動物とは違う声。
不思議と怖い、とは思わなかった。
「ルナ、どうかした?」
「声がしたの。みんなには聞こえなかった?」
「声? 何も聞こえなかったけど……?」
「気のせいじゃないのか? それかポケモンの声を聞いたんだろ」
「それとは違ったんだけどな……」
今はもう、聞こえない。
何だったんだろう?
「さあ、先に進もう。ここに森の民がいるはずなんだ」
「ルナのお仲間かー、どんな人たちかな!」
「こいつみたいに気の抜ける奴ばかりじゃないといいがな」
それぞれそんなことを言って、森を進む。
わたしは森をぐるりと眺めてから、彼らを私も追いかけていった。
『人だ、人が来た』
『森の民?』
『違うみたい』
森に住む生き物たちの声が聞こえる。
どうやら、見慣れないわたしたちに警戒しているようだ。
「あーもう! どこにいるのよ!」
「さっき森に入ったばかりだろ。落ち着け」
「だって何の手がかりもないのよ?看板とかあるかなって思ったのにー」
「うーん、確かに……このままじゃ森の中で迷ってしまうな……」
そうだよね。森の民がどこにいるかわかればいいんだけど……
わたしたちがどうするか困っていると、また声がした。
(そっちじゃないよ。こっちこっち)
「こっち?」
(そう、こっち。こっちにきて)
声がわたしを呼ぶ。
誘われるように、わたしはそちらへと歩いていく。
(こっちこっち)
(そこぬかるんでるから気を付けて)
言葉に従って森の奥へ進もうとすると、それにみんなが気付いて止めようとした。
「どこに行くんだ!?」
「迷子になるよ!」
「バラバラになるのは危険だぞ」
声は相変わらずわたしを呼ぶ。
「声がしたよ。こっちだって」
「声? それってさっきもしたっていう?」
「うん、たくさんするよ」
この声は信じていいって、直感で思った。
何故だろう。この声を聞いていると、すごく安心する。
「……よし、ルナの聞いた声っていうのに従ってみよう」
「いいのか? 危険かもしれないぞ?」
「でも他に手がかりもないし、もしかしたら森の民がルナのこと呼んでいるのかもしれないし!」
「それもそうだな」
「決まりだね。ルナ、案内してくれ」
「うん、こっちだよ」
そうしてわたしたちは森の奥へと進んでいく。
森全体が、嬉しそうにしているような音が流れた。
(こっちだよ)
(そっちは木が倒れてて通れないよ)
(みんな待ってるよ)
「みんな?」
声は楽しそうに、歌うように言う。
(そう、みんな)
(みんな貴方を待ってた)
(私達も、森に住む生き物たちもみんな待ってた)
待っている人たちがいることは嬉しい。どんな出会いが待っているのだろう。
でも、わざわざ生き物と自分たちを分けるということは、この声は別の存在ということだろうか。
「ルナ、声はなんて言ってるの?」
「みんなわたしを待ってただって」
「みんなってやっぱり森の民?」
「それはわからない。森に住む生き物ってまとめられたから」
「とりあえず行ってみればわかるだろう」
「あ、見て! あそこ開けてるぞ!」
アッシュが指差した場所をみんなが注目した。
そこからは暖かい光が溢れている。
「行こう!」
わたしたちはダッシュしてそこへと向かっていった。
————————————
「あったかーい!
「穏やかな気持ちになるな」
その広場は上が開けていて、空が見え太陽の光が射し込んでいる。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には岩が佇んでいた。
行き止まりのようで、奥には岩壁が見える。
「あの石……?」
その緑の美しい岩は、キラキラと輝いて見えた。
なぜか、その岩に心惹かれる。
思わず近付くとあの声がした。
(そう、その岩)
(その岩が鍵)
(触れてみて。貴方なら扉が開く)
言われるがままに触れようとする。
すると。
「はっぱカッター!」
「ルナ!」
わたし目掛けて飛んできたはっぱカッターから、アッシュが地面に押し倒して助ける。
「誰だ!」
「それはこちらの台詞だ。何者だ貴様ら! この森に何の用だ!」
現れたのは、緑の瞳が美しい、私たちより少し年上らしい少女だった。身につけているのは民族衣装のようだ。スリットの入った長いトップスの下にスカートを履き、金属の飾りのついた腰布を巻いている。モンスターボールはその金属の飾りに固定されていた。
傍にはキレイハナを連れている少女もキレイハナも、緑の石を身につけていた。
彼女たちはこちらを睨みつけて、かなり警戒しているように見える。
「ちょっと! いきなり攻撃はないんじゃない?」
「人間に直接攻撃というのもどうかと思うぞ」
「うるさい! レイ、リーフブレード!」
『この森で悪さするなら許さないんだから!』
リコとカズくんの言葉を全く聞かずに、彼女は再び攻撃へ移る。
キレイハナはわたしたちにリーフブレードを振り上げた。
『ルナを虐めるなー!』
そのとき、勝手にわたしのボールが開いてソーヤが飛び出してきた。
そしてそのまま、キレイハナに体当たりをする。
「くっ、やるな! しかし私は守人としてやらねばならないのだ!」
彼女はそう言ってさらにポケモンを出そうとする。
しかしそれは、あの声に止められた。
(待って!)
(その人たちは敵じゃない)
(わたしたちがずっと待ってた人)
(だから攻撃しないで)
「森よ、どういうことだ?こいつらを待っていただと?」
彼女はあの声に反応した。
あの人も声が聞こえるんだ!
(だって彼女は、時渡りの巫女)
(わたしたちの大事な娘)
(そう。だから、攻撃しちゃダメ)
「時渡りの……巫女だと……!」
時渡りの巫女。その言葉を聞いて少女は狼狽した。
そしてわたしに近付くと、跪いて頭を下げる。
「申し訳ありません! 時渡りの巫女様とは存じあげなかったもので!」
『申し訳ありません!』
態度が一変して、わたしは驚いてしまった。
それにしても、ここでも時渡りの巫女か。
「……あなたは時渡りの巫女について何か知っているのね?」
「はい、よく聞かされております」
「わたしは自分のことがよくわからないんだ。だからわたしの仲間……森の民に会いに来たの」
ここなら、きっとわたしのやるべきことがわかるはず。
「ならば、里へご案内しましょう。その岩に触れてください」
緑の岩に触れると、岩から文字が浮かび上がる。アンノーン文字だ。PELEPASAN。なんて読むんだろう?
すると、岩壁がすうっと音を立てずに消え、代わりに道が現れた。その先に、村のようなものが見える。
「すっごーい!」
「どういう原理なんだ……?」
「さあ、参りましょう。お仲間もご一緒に」
少女の言葉に従って、みんなが村へと向かう。
「ルナ、行こう!」
『大丈夫だよ! みんないるんだから!』
「うん!」
わたしの求める答えがきっとここにある。
————————————
村に入ると、少女と似たような衣装をまとった人々がいた。
それぞれ世間話をしていたり、仕事をしていたりしている。
そのうち一人が、こちらに気付いて少女に声をかける。
「んー? その人たちは誰だ?」
「時渡りの巫女様とはその仲間たちだ」
「時渡りの巫女様!?」
その言葉に他の人たちも反応して、周りに集まってきた。
「どの方だ!?」
「この時代に来ていると聞いていたが……本当だったのか!」
「俺、おばば様に伝えてくる!」
人々は盛り上がり、思わず気押されてしまう。
(言ったでしょう?)
(みんな待ってた)
(貴方と会えるのを楽しみにしてた)
「そうなんだ……」
『ルナ! すごいね! みんなぼくの言葉がわかるんだよね? いっぱいお話できるかな?』
「出来るといいね?」
『うん!』
この人たちが、わたしの同胞。正確に言えば、ご先祖様か。
うん、そうなんだ。族長やダイキに出会った時と同じように、私の心が彼らを仲間だと言っている。
まるでまた一つ、帰る場所ができたみたいだ。
「時渡りの巫女が来たそうじゃな」
人の壁が割れて、一人の老婆が前に出てきた。
腰が曲がり、杖がなければ歩けないようだが、優しそうな茶色い瞳をしている。
「トレーナーたちよ、よく来なさった。私は皆からおばば様とよばておる、ご意見番のようなものじゃよ」
「はじめまして、おばば様。わたしはルナ、皆さんと同じ森の民です」
緊張しつつ、わたしは名乗った。あえて、時渡りの巫女とは名乗らない。
だってまだその時渡りの巫女というものがわかっていないもの。
「未来からきた子だね? ふむ、名前、背格好、聞いていた通りじゃ。他の子は確か、アッシュ、リコ、カズヒロだったね」
「僕たちのことも……?」
「ああ。聞いておるよ、森の子供たちよ」
「森の子供たち……?」
「いずれわかるさ。今は覚えておかなくてもいいよ」
ふふっと笑うと、おばば様は他の森の民に指示を出す。
「さあさあ、みなさん。彼らに衣装を。今日はお祭りですよ」
その言葉に、周りがわぁっと盛り上がった。
着替えさせるため、わたしたちは別の場所に案内される。私の周りに煌びやかな、しかし嫌みのない衣装を着た女性たちが現れ、別の場所へ連れて行こうとする。
アッシュたちとは別の場所のようだ。少し心配になってアッシュの方を見ると、彼はニコッと笑って大丈夫と伝えてきた。
そうだよね。大丈夫。どんな服装になるのか楽しみだな。
「時渡りの巫女様は瞳の色が茶色なのですね」
「うん、いつもは」
「いつもは?」
案内しつつ話しかけてきた女性は、不思議そうに私を見る。
この人の瞳の色は緑だ。
「超能力とか使うと緑になるんだ。他の人はそういうのないの?」
「いえ……でもやはり、緑を宿していらっしゃるのですね」
「緑を宿す……?」
「はい。力のある森の民は瞳や髪の色が緑になるのです。でも、時渡りの巫女様は特殊なのですね」
これ、やっぱり特殊なんだ。
なんでわたしだけこうなるんだろうなあ。
「へえ……あなたもなにか力があるの?」
「はい、予知を少々。巫女や神官になるのは、多くはそういう者たちなのです」
「じゃあ、あなたも時渡りの巫女なの?」
「それは貴方だけの称号です。普通の巫女や神官は、時渡りの巫女様やセレビィ様をお助けするの者なのですよ」
うーん、時渡りの巫女ってなんなんだろう?
他の森の民よりも上に思われているみたいだけど、わたし、そういう教育を受けているわけじゃないのになあ。
「さあ、ここが衣装室です」
案内された場所には、すでに何人か女性が集まっていた。
その中には、最初に出会った守人と名乗った少女もいる。
「巫女様さっきは申し訳ありませんでした!」
「も、もういいから!」
「しかし……!」
食い下がる少女に、わたしは一つ思いついたことを言ってみることにした。
「じゃあ、一つお願いを聞いて?」
「はい、なんでしょう?」
「他の人にも聞いてほしいんだけどね。あの……巫女様って呼ぶのやめて、名前で呼んでほしいな」
「え」
彼女はぽかんとした顔でわたしを見つめている。
「あと、敬語もやめてほしいかな。さっきから敬語ばっかりで堅苦しくて」
恭しくされるのには慣れていなんだもん。なんか話してるだけで疲れちゃう。
「んーっと、簡単に言うと、友達になってほしいなって。わたしはルナ。あなたは?」
「本当にいいの……?」
「うん!」
『わーいお友達お友達ー!』
「わかり……わかった。私はエミ。よろしく、ルナ!」
エミさんか。やっと名前教えてもらえた。
仲良くできるといいなあ。
「さあ、着替えましょうか! 腕がなるわー!」
「そうね! ああ、時渡りの巫女様の着付けができるなんて幸せ!」
「さあさあルナさん、こちらに立ってくださいな。後は私たちが!」
「え、あのちょっと!?」
わたしたちの会話が終わるのを見計らい、周りの女性たちが一斉に動き出す。
なぜかとても楽しそうだ。
「あー、ルナ。我慢して。その人たちは人のこと着せ替え人形にするの大好きなんだ」
「えー!?」
「さあ覚悟してくださいね!」
「いやー!」
そうすると、襲いかかるかのようにわたしを着替えさせ始める。
あわあわしてる間に、またあの声が聞こえた。
(後はあの方とあってもらうだけ)
(私たちはあなたたちに頼むことしかできないから)
(お願い、あの方を助けてあげて)
何ができるかわからないけれど、やれることやってみるよ。
心の中で、そう声に返した。