25:私のモルモットに

「うう……やっと解放された……」
「私が守人になったときもあの人たち凄かったからなあ」

 疲れた……
 あの後、わたしはあれよあれよという間に着替えさせられてしまった。
 ソーヤも途中で別のところに連れて行かれちゃったし。

「この格好恥ずかしいし……」

 わたしの今の格好は森の民の民族衣装だ。
 それも、時渡りの巫女のための服だという。
 まずは、緑のトップス。袖は先に行くほど広がっていて、丈は長め。横にスリットが入っていて、その上から帯で縛っている。この帯、モンスターボールをしまう部分もあってなかなか実用的かも。そんな帯からは金に緑の石、多分森の結晶が連なった飾りが付いていた。
 そして、くるぶしまである薄い黄色のスカート。
 髪の毛はいつも通り二つに縛っているが、髪ゴムではなく紐で縛られていた。その上から、頭に金の飾りを乗せられてしまった。
 耳には緑の石のイヤリング、この石も森の結晶だろう。
 いつものネックレスは何故か、そのままだった。

「では、ルナ様。おばば様のところにお連れします」
「エミさん、だから敬語……」
「公私は分けませんといけませんから」

 エミさんについて行くと、周りからはたくさんの視線を感じた。
 敬意や慈しみ。そんな好意的なものだけれど、それでもこんなに注目されると恥ずかしいな。
 そのときだ。

「!?」
「どうしました?」
「……ううん、なんでもない」

 突然、悪寒を感じた。ねっとりとした視線だ。
 一瞬だったから、気のせいだと思いたい。
 嫌な予感を感じながら、わたしたちは歩いていく。
 森の中の里は空気が美味しくて、なぜか懐かしく感じた。
 真白町の森と雰囲気が似ているからかな。

「あ! 守人のおねーちゃんだ!」
「誰か一緒だよ?」

 そのとき、子供たちがわらわらと森から出てきた。
 彼らの持つ籠にはオレンのみをはじめとしたきのみでいっぱいだ。

「エミさん、その人は?」
「その服巫女の服だよね? でも初めて見る顔だよ?」
「えー、誰だよー?」

 子供たちに囲まれて困っていると、その後ろからまた人影が現れた。

「その人はルナねーちゃん、時渡りの巫女様だ」
「ダイキくん!」

 そう、それはマサラタウンにいるはずのダイキくんだった。
 いつもの短パン姿ではなく、ここにいる人たちが着ているような……普段着としての民族衣装を纏っていた。
 なんでここにいるのかな?

「ルナねーちゃん、ついにここに来たんだな!」
「ダイキくんはわたしがここに来るって知ってたの?」
「まあな! ここはカントーで唯一の森の民の里だから、絶対来ると思ったよ!」

 そういうことか。
 それよりもと、ダイキくんはわたしに小袋を渡す。

「頼まれていたアクセサリー、出来たから渡しに来たんだ!」
「本当!? ありがとう!」
「へっへーん、これくらいどうってことないぜ!」

 胸を張るダイキくんから小袋を受け取り、中身を見る。
 ……うん、頼んだものは全部揃ってる。
 するとエミさんがダイキくんに向かって何か言っているのが聞こえた。

「ダイキ! お前と言う奴はルナ様になんて話し方を!」
「いいじゃん別にー。俺は技師、神官でも戦士でもないんだぜ」
「だけどな! 公私と言うものがあるだろう!」

 ヒートアップしてきているので慌てて止めに入る。
 戦いを挑んできたときも思ったけど、エミさんって熱くなりやすいんだなあ。

「まあまあ、いいじゃない、ね?」
「よくないの!」
「エミねーちゃんだってルナねーちゃんにタメ口じゃん」

 それを聞いていたのは子供たち。

「ねえ、巫女様! 僕たちも名前で呼んでいーい?」
「俺も俺も!」
「わたしも呼びたい!」
「いいよ、わたしはルナ。よろしくね」
「よろしく、ルナ姉様!」
「姉様?」

 その呼び方が不思議だったので思わず聞き返す。
 だって……姉様だよ?

「うん、ルナ姉様! これならエミさんに怒られないだろうし! それにわたしね、神官見習いなの!」
「ルナ姉様、時渡りの巫女様なんだろう? なら俺たちが仕えるーっでもなるかも! 俺、戦士志望だし!」
「ならバトル強くならなくちゃね! 僕も頑張ろ!」

 知らない単語がたくさん出てきて困ってしまった。
 神官見習い、これは神様に仕える仕事の見習いってことだよね。
 ……そういう意味ではわたしも分類としては神官になるのかな。この女の子のように見習い期間なんてないみたいだけど。
 戦士というのはなんだろう?バトルって言ってるから、もしかしてポケモントレーナーのことを言ってるのだろうか?

(そうそう、その通り)

 森の声が聞こえる。

(神官は、祭事……大切な祭りがあるからそれを行うのが神官。あと、サイキック能力があるのも彼ら)
(戦士は森の民と森を守る者。強くなれば守り人に選ばれて、里を守る役目を負うの)
「じゃあ……時渡りの巫女は何をすればいいの?」

 神官がいるなら彼らと同じことをするのだろうか。
 だけど、それだけじゃない気がする。

「それは私が答えようかえ」
「おばば様」
「ついておいで。巫女様のパートナーも待っていますから」

 パートナー、ソーヤのことかな?
 こっちにいたんだ、ちょっと安心した。

「は、はい! みんな、またね」
「おう、ルナねーちゃん!」
「ルナ姉様、後でね!」

 子供たちと別れて、おばば様の後に続いてわたしは里で一番立派であろう建物に入っていった。


——————————


『ルナー!』
「ソーヤ!」

 案内された部屋に入ったとき、一番最初にわたしを迎えてくれたのはソーヤだった。
 見れば、ソーヤは私と同じ頭飾りをつけていたり、尻尾にリボンをしていたりおめかしされていた。特に足飾りと目の下に描かれた三つの三角のタトゥーが民族調を強調していた。

『わー! ルナかわいい! きれい!』
「ソーヤも素敵だよ」
『えへへー』

 まんざらではないのか、ソーヤはくすぐったそうな笑顔をした。
 帯の中のボールがかたかた揺れる。女の子二人がお洒落したソーヤにやヤキモチを焼いたらしい。

「わーお! ルナすっごーい」
「どれも特別、そんな感じだな」

 他のみんなも民族衣装に着替えていた。リコとカズくんはオーソドックスな衣装だけど、アッシュだけちょっと違った。具体的に言うと、少し豪華だった。なんでアッシュだけ?
 リコが私の姿を見て一言、そしてカズくんはわたしの身につけているものがとても良質なものであることを見抜く。
 ……アッシュはなんて言うかな?

「アッシュ……どうかな?」
「……」
「変、かな」

 なんのリアクションがないというのは辛いんだけど。
 悲しい気持ちを感じ取ったのか、アッシュがハッとして、そして狼狽えた。よく見なくても耳まで真っ赤なのがわかる。

「ごめん、その……見惚れてた……!」
「はい……?」
「あー、そう、よく似合ってるなって……」

 彼は頬を掻きながらそう言う。
 そう言ってくれたのが嬉しいと思っていいだろうか。
 なんとなく恥ずかしくて目が合わせられない。チラリと見れば、アッシュも顔を背けていて、チラチラこちらを見ていた。
 この空気に耐えられなくなって、言葉を紡ごうとしたとき、扉が開きエミさんに連れられたおばば様と族長が現れた。

「よう、揃ってるな」
「そのようですな」
「おばば様、族長。私はこれで」
「ふむ、では外で待っておきなさい」
「はい」

 わたしたち、おばば様と族長とテーブルを挟んで座ると、族長が切り出してきた。

「いいかお前ら。これから話すことはお前らの今後に関わる。だからよく聞けよ」
「なんの話をするんですか?」
「お前ら、ルナのことはどれくらい知っている?それによるな」

 わたし関連か。アッシュもリコもカズくんも、巻き込んじゃって申し訳ないな。

「ルナが未来から来たこと、その未来ではポケモンがいなくなってしまっていること、そして、最近未来からやってきた人がポケモンを未来へ連れて帰っていること。これくらいです」
「やっぱりこいつらには話したんだな、ルナ」
「うん。みんなには、わたしのことを知って欲しいと思ったから」

 わたしの答えを聞いて、うんうんとうなづくと、族長はニッと笑った。心の底から嬉しい、そんな笑顔だ。

「お前さんにこの時代で、そうやって信頼できる人ができたようでうれしいぞ、俺は。じゃあ、もう本題に入るか!」

 そして、真剣な顔で、その男はこう言った。

「お前らにはある儀式をしてもらう」


——————————


 里にある祠。その後ろにそびえ立つ大樹が御神体らしい。
 手入れが行き届いていて、本来はこうなるべきなんだろうなあと、自分一人ではなかなか綺麗にすることができなかった真白町の祠を思い出した。
 アッシュたちは、族長と話していてまだここには来ていない。

「それで、わたしたちは何をすればいいの?」
『いいのー?』

 わたしとソーヤが揃えて首をかしげると、おばば様が私の目を見つめてこう伝えてきた。

「貴方の中にある言葉をそのまま紡ぐ、それだけじゃ」
「それでいいのですか?」
「実のところセレビィ様を呼び出す歌は時渡りの巫女にしかわからないと言われていての。つまりぶっつけ本番、頑張るんだよ」

 わたしの中にある言葉を……?
 それを探すために自分というものに耳を傾ける。
 すると。

「教えてあげるよ」

 私の前に、私と同じ格好をした女の子が立っていた。違うのは、瞳の色。彼女は緑だ。
 わたしは彼女を見たことある。

「あなたは……?」
「貴方の先輩、ってところかな?」
「先輩……?」
「これが終われば、何のために呼ばれたのかわかるよ。でも、それを拒否してもいい。あなたが見て、聞いて、感じた結果を見せて」

 わたしが見て、聞いて、感じたこと。

「さあ、わたしに続けて歌って。リュ ウヨユコ カテゥ ディユル ブテゥヲン リ ディンエ」

 彼女に示そう。わたしを!

「リュ ウヨユコ カテゥ ディユル ブテゥヲン リ ディンエ……!」

 その歌に反応し、祠が輝く。

『何百年振りかしらね、こうやって喚ばれるのは』

 扉が開き、そこから光を放ちながら現れたのは、わたしが探し続けていたセレビィだった。

「やっと会えた……!」
『やったね、ルナ!』
『ええ、やっとね。やっとこの時がきた』

 そう言ってセレビィはわたしのところまで飛んでくると、ニコリと笑った。

『私は貴方をしっているけど、貴方は私を知らないわよね?私はウルド。森の民の祖先に力を与えた者』
「ウルド……」

 言われなくても、他のセレビィではなくて彼女がわたしを連れてきたのだと直感的にわかる。
 なんだろうか、わたしとウルドの間に、薄っすらと繋がりのようなものを感じる。

『それは契約の跡。貴方の前の魂の持ち主と、私が結んだ契約の残り。だから、このままでは切れてしまう』
「切れたらどうなるの?」
『特に何も。ただ……』
「ただ?」
『その時は、貴方には帰ってもらう。何もかも忘れてもらって』

 突然のことで驚いてしまう。連れてきておいて帰ってもらうと言うとはどういうことだろう。
 しかも。

「忘れるってどういうこと?」
『言葉の通り。この時代であったことを忘れてもらう。正確には、この時代の人の記憶からも、貴方の記憶を消す』
「なに、それ?」
『そうしないと、世界のバランスが崩れてしまうから』

 世界のバランス?

『今、世界は際どいバランスで成り立っている。ある存在が世界を歪めてしまったせいでね。放っておけば世界は滅びてしまう。私はそれを元に戻す為に行動している』
「もしかして、わたしを連れてきたのも?」
『そう。どうしても、私と繋がりがある人が欲しかった。他の人との契約はもう結べないから』

 世界の歪み。それを聞いて、未来人たちの行動を思い出した。
 彼らも世界が滅ぶと言っていた。
 彼らも、世界がどういう状況なのか知っているの?

『知っている。彼らももがいているのよ。だけど、止めなくちゃいけない』

 それこそが世界の滅びを招いてしまうことだから。
 そしてウルドは手を差し出す。

『選んで。ここに残って私と共に戦うか、ここでのことを全て捨てて元の時代へ帰るか』

 答えは決まっている。

「わたしは、心はもうこの時代の人間だよ。今更帰れなんて酷いでしょ?」

 そう言って私はウルドの手を取った。

『うふふ、そうね。酷いわね。……ごめんなさい、ずっと謝りたかったの』
「最初から謝っていたでしょう?」

 初めての時渡りを思い出して、私は言う。
 あの時泣きながら謝っていたのは、ウルドだったんだ。

「……ねえ、過去を変えることで、未来がなくなる人たちもいるんじゃない?」
『え、そうなの!?』
『そうしないためのセレビィよ。私達は世界が改変されるときに抜け落ちそうなところを修復する役割を持っている。だから、あなたが心配しているようなことは他の人やポケモンには起きない。大丈夫よ』

 せっかくウルドと戦うと決めたのに、問題が浮かんでしまい、決意が折れかかる。しかし、その返答に安心した。

「わたしの魂の前の持ち主を知っているの? どんな人?」
『見てて危なっかしくて、でもとても優しい子だった。そうね、ルナにそっくりかな』
『ルナにそっくりかー! じゃあ絶対友達になれるね!』
『そうね、ソーヤはきっといい友達になるわね』

 懐かしそうに目を細めて、ウルドは語る。
 森で一人の時に出会ったこと、きのみを投げ合って遊んだこと、宝物を交換しあったこと。

『あの子は、私の大事な友達だよ』

 足元に突如光を感じて見てみれば、緑の光が何か円状の紋様が描いていた。

『じゃあ、切れかかってる契約を結びなおしましょう』

 ふわりと、下から風もないのにスカートが膨らみ、髪がなびく。帯から垂れた飾りがしゃらしゃらと音を立てた。

『我らはここに誓う。形は違えど我らの絆は永久に続かん。時を超え空間を超えて、我らの魂に証を刻みたまえ』

 ウルドが契約の呪文を読み上げていると、あの人が見えた。

"ウルドをよろしくね"

 もちろん。だって彼女は……

『ズヲゼ!』

 わたしたちの友達だもの。そうでしょう?



 光が止み、魔法陣が消える。
 待っていたのはそれは嫌な視線だった。

「いやぁ、良いものを見せてもらいましたヨ」

 それは悪意の塊だった。

「そのエネルギー、ぜひ研究してみたいところですねえ」

 変な眼帯型のメガネをしており、しばらく剃っていないのか薄くヒゲが生えている。
 首元には時計をモチーフとした機械をつけていた。よく見れば、袖口、ブーツなどいたるところに時計モチーフが付いている。
 彼は口元にニタニタと笑顔を浮かべてこちらを見ていた。

「ああ、申し遅れました、私はヴァルター。君たち森の民とセレビィを狙う者とでも言えばいいですかな?さて、さっさと私のモルモットに成り下がってください?」

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