「ミュウツー、気が付いたんだね!」
ロケット団との戦いが終わって、ひと段落ついた頃。
気を失ってしまっていたミュウツーが起き上がった。
よかった、なんともないみたい。
「なかなか目を覚まさないから心配したのよー?」
「でもよかった。ダーク化の後遺症はないみたいだね」
『私は、一体……』
彼は眉間に手を当て何かを思い出そうとする。
そして気が付いて、体を震わせた。
『私は……お前たちを……』
「いいんだよ、ミュウツー」
わたしは微笑みながら彼を抱きしめる。
背中をポンポンと叩きなだめれば、少し震えが止まった。
「あれは貴方のせいじゃない。だから自分を責めないで」
『しかし……!』
『ツー、いいんだよ! 悪いのはロケット団なんだもん!』
なお自分を責めるミュウツーに、ソーヤが声をかける。
そう、あんな装置を作り出し、ポケモンたちに使っているロケット団が悪いんだ。
……その中に、彼女がいたのがわたしを苦しめる。
「皆さん、すまないがミュウツーと話をさせてくれないかい?」
「フジさん」
フジ老人は隣の部屋から、お盆に水の入ったコップを載せて現れた。
二人の関係はミュウツーがわずかに語った内容しか知らない。けれどきっと、この人は話したいことはたくさんあるのだろう。
「ミュウツー……」
『……いいだろう』
「隣の部屋を使っていいから、少し休んでいきなさい」
「ありがとうございます」
「あのニーナという奴は誰だ?」
「カズ!」
「俺たちは知らなければない。今何が起こっているのかをな。ルナ、知っていることを話せ」
カズくんは鋭い目でわたしを見てくる。
たぶん、わたしがロケット団側の人間じゃないかと疑いを持っているんだろう。
わたしがどの立場の人間かと言われれば、なんと答えたらいいのかわからないけれど。
「全くカズはデリカシーっていうものがないわねー、ルナ? 無理に話すことはないからね?」
「ううん、話すよ。アッシュもリコも、知りたいって思っているでしょう?」
その言葉に二人は押し黙る。
ソーヤはわたしを心配げに見上げていた。
「それにもう、黙っているわけにはいかないだろうから」
大丈夫。彼らと過ごした時間が、そう後押ししてくれている気がした。
「とは言っても……どこから話したらいいかな?」
ニーナちゃんのこと、わたしのこと、未来のこと。話すことが多くてどれから手をつければいいのかわからない。
わたしがうーんとうなっていると。カズくんは探るような目で睨みつけながら口を開いた。
「俺はお前が敵か味方か判断したいだけだ。どうなんだ?」
「ちょっとカズー! ルナが敵な訳ないでしょう?」
「しかしロケット団の中にこいつの知り合いがいた、それも二人もな。ならば疑うべきだろう」
敵か味方か、かあ。わたしはみんなの味方でいたい。
でもそれは、未来に住む人達への叛逆行為なんだろうな。
「とりあえず、二人のことを話すべきかな。ニーナちゃんはわたしの幼なじみ。家族以外で、わたしが動物と話せることを受け入れてくれた人だよ。マコトくんは、こっちに来てからあった人。最初に出会ったのはマサキさんの家でロケット団に襲われたとき。そのグループのリーダーだったの」
「その幼なじみがロケット団に入団してたことは知ってたか?」
「全然。そもそもこっちにはいないはずだもの」
なんで彼女がそこにいるのかわからない。
「ていうかさあ、こっちとか言ってるけど……ルナの出身ってどこ?」
「そういえばそうだな。トレーナー誘致制度を使っているってことはマサラではないんだろう? 他の地方か?」
「あのニーナって子、みんな心配してたとか言ってたから……もしかして家出? うっわー! それで他の地方来ちゃうとか度胸あるー!」
「まってまって、違うから、違うからね!?」
話が変な方向になってる!
そんなに盛り上がられたら話しにくいじゃん!
「ルナ……言いにくいなら言わなくてもいいんだよ」
「アッシュ……」
「もしかして、お前は知っているのか?」
「直接聞いたわけじゃないけど……」
え? なんで知ってるの!?
オーキド博士が言ったのかな……?
「なあにアッシュ、盗み聞きでもしたわけー?」
「ち、違うよ!」
「焦っているところがますます怪しいー」
「違うんだって! 僕もその場にいたのにルナがソーヤと二人だけの世界になったんだよ! 僕は悪くない!」
あ、なんとなく目星がついたぞ。
クチバでアッシュとバトルしたときだ、たぶん。
確かにあのとき、ぶっちゃけた気がする。アッシュがいたのに。
「それで? お前はどこから来たんだ?」
カズが少し呆れながら話を元に戻す。
リコはワクワクとした表情で、カズくんは厳しい表情で、アッシュは少し心配そうな表情で、わたしがクとを開くのを待っている。
本当のことを言ったら、彼らはそんな反応を示すだろう。
リコは簡単に受け入れて、未来のことを根掘り葉掘り聞くだろう、楽しそうに。カズくんは最初疑うだろうけど、森の神様……セレビィの話をすれば納得してくれると思う。
アッシュは……どうなんだろう。受け入れてくれるかな。きっとそうしてくれるよね。今までわたしが直接言わなかったことを黙っていてくれたんだもの。でも……それが受け入れられないかrだったらどうしよう。もし、拒絶されたら……。
『ルナ、大丈夫だよ』
「ソーヤ……」
『みんなルナのこと大好きだもん。怖がることないよ!』
「……ありがとう、ソーヤ」
そうだよね、怖がってなんかいられない。話すって決めたんだから。
「わたしは……未来から来たの。未来の、マサラタウンから」
もう、迷わない。
「————と、いうわけなの」
「予想の斜め上だよこれ……」
「ポケモンがいない未来か……想像がつかないな」
未来から来たこと、未来にはポケモンがいないこと。
そのことにみんなは驚きを隠せなかった。
そうだよね、わたしが未来から来たことはともかく、世界にはこんなにたくさんのポケモンがいるのにそれがいなくなるなんて信じられないだろう。
「ニーナという奴は幼なじみと言ったな? なら奴も未来人なのか?」
「うん。わたしたちは未来で生まれ育った。多分、マコトくんも……」
「あいつも?」
「わたし、一度だけ未来に帰っているの。それがセレビィの気まぐれか、目的があってのことか知らないけれど」
「……俺には目的があるとしか思えないな。ルナを未来に戻すだけならそのあとこちらに再び連れてくる必要はない。何かさせたいことがあるんだろう」
「ルナには何か使命があるってこと?」
「ああ」
使命……
マサキさんにも言われたっけ。セレビィはわたしに何かさせたいんだって。
「話を戻すね。未来に戻ったとき、世界中にある放送が流れたんだ」
「ある放送?」
「このままでは世界が滅びるって内容のものだった」
「な!?」
これにはカズくんも目を見開き驚いていた。
わたしも、聞いたときは声が出なかったから衝撃はわかる。
「未来では、地震や干ばつ、豪雨と言った災害がいろんなところで起こってるの。その人たちが言うには、世界を支えていたポケモンたちがいなくなったからだって」
「……ありえるな。それが嘘か本当か知らないが、世界のバランスが崩れるのは間違いないだろう」
しかしなぜそのときになって……? そう呟きカズくんはあごに手を当て考え込んでしまった。
「で、その放送がマコトという人とどういう関わりが?」
「……その放送にマコトくんが映っていた」
「! 待ってくれ、ルナはその前に彼に会っているんだろう? それが何故未来に!?」
「わたしがマサキさんの家をロケット団が襲ったって言う話はしたよね。そのとき、ロケット団はタイムマシンを作っていると言っていた。でもたぶん、その時既に出来上がっていたんだと思う」
不完全なものが。
そして、あのとき奪ったメインコンピュータを組み込むことで完全体になったんだろう。
「ふーん、そのタイムマシンを使って過去と未来を行き来してたのねー。あれ? でもなんでポケモンたち連れて行くの?」
「それは……」
わたしが話そうとしたとき、考え込んでいたカズくんが口を開いた。
「ポケモンを別の時代から連れてくることで、滅びを回避しようとしているってことだろう」
「うん、その通り」
「さっすがカズ! あたし全然わからなかったよー」
「さっきの戦闘での会話とこの話で大体推測つくだろ。頭を使え頭を」
はあ、とため息をついてカズくんは呆れた目でリコを見る。
対するリコはえへへとごまかし笑いをしていた。
「だって頭を使うのはカズの役目じゃん? それよりもさー、ルナ、あそこで戦ってよかったの?」
「え?」
「同じ時代の人達が、世界を救うためにやってることなんでしょう? それと戦うなんて、犯罪者みたいな扱いになっちゃうかもよ?」
「そうだね……」
それはわかってる。
きっと、元の時代ではそうなるだろう。
「でも、なんでかな。止めなくちゃって思ったの。止めないと、悪いことが起きる……そんな予感がして」
初めてロケット団を見たときから響く警告音。
それが何なのか、未だにわからないけれど。
「悪いことか……なんだろうな。それがわかればまた違うのかもしれないけれど」
「ごめん……」
「責めてるわけじゃないよ! ただ、それがわかれば彼らも止められるんじゃないかと思って!」
「そうよねー。ま、ロケット団に協力してる辞典でアレな集団かもしれないけど」
「そうだな……ルナ、一つ聞いていいか?」
なんだろう?
「未来では災害が多発してると言ったな。実感としてはどうだ?」
「実感として?」
「そうだ。どうなんだ?」
うーん、とわたしは未来世界を思い出す。
確かに地震は多かったけれど、言うほどではなかった気がする。
「多いとは、そんなに感じたことはないかなあ。あ、でもわたしの住んでた地域だけなのかな? ニュースは結構見たよ」
あの地方が日照りとか、豪雨とか……森が一晩で枯れてしまったとか。
「それだけか?」
「覚えているのは。でも多発してるって言うより、大きいのがたまたま重なっただけな気がするんだよね。小規模なものでも同じ地方なら報道されるでしょう?でもそう言うのはあんまり見た覚えがないんだよねえ」
「そうか……」
俺の考えすぎか?とカズくんはまた考え始めてしまった。
なにがそんなに引っかかるんだろう?
「ルナ、ムゲンダイエナジーを知っているか?」
「いや、知らないよ?」
「未来には残らなかった?ポケモンとともに技術が消えるのはわかるが、言葉さえ残らないというのはどういうことだ……?」
そう呟き、眉間のシワをさらに深くした。
カズくんには、気になることが山のようにあるようだ。
「ムゲンダイエナジーってあれだろ? デボンコーポレーションが作ったっていうエネルギー」
「確かロケットとかに使われてるっていうあれよね?」
液体水素とかじゃないんだ。
ムゲンダイエナジーか、名前からして凄そうという感想しか出ない。
「それで、そのエネルギーがどうかしたの?」
「これはもしもの話だが……」
「カズ、何かわかったのか?」
「やっぱりカズ頭いい! で、なんなの?」
「……いや、やめておく。あまりにも突拍子もないことだからな」
そう言ってカズくんは話すのをやめてしまった。
そして何かブツブツと言いながら、カズくんは三度考え込んでしまう。
「ねえルナ? ポケモンがいなくなった理由ってなんなの?」
「それはわかってないの。ポケモンが人間に呆れていなくなってしまったとか、ポケモンが住めない環境になってしまったとか、色々と予想はあるんだけどね」
丁度この時代のあたりでポケモンがいなくなる事件が起こっているのだけれど、その予兆のようなものは見られない。
調べられるときに調べてみてるけれど、そういう情報もないし。まだ起きないのだろうか。
「もしかしたら……」
何か思いついたかのようにアッシュが口を開く。
「もしかしたら、セレビィはそのポケモンがいなくなるのをルナに止めて欲しいのかもしれないね」
「わたしに?」
「ああ。そして、ルナが感じたっていうロケット団に対する予感。きっとそれもいなくなったことと何か関係があるのかもしれない」
ポケモンがいなくなったこととロケット団の行動が関係してる……?考えたこともなかった。
でも、そんなことあるのかな。
「やっぱりさ、セレビィに話を聞くのが一番よね。そしたら全部わかるじゃん?」
「それができたらどれだけ楽だと……」
「森の民ならセレビィに関して何か知っているだろう。探してみるか?」
「ダイキに連絡して族長とコンタクト取ってもらおうか?」
そんな話をしていると、扉が開いてフジ老人とミュウツーが戻ってきた。
「森の民かい?ならこの先にある「幸いの森」に行ってみるといい」
「幸いの森ですか?」
「そう。そこは森の民が暮らしているという噂があるんだよ」
「ねえ、そこ行ってみようよ!」
「そうだな。手掛かりが見つかるかもしれない」
「よし、次の目的地は幸いの森だ!」
みんなが盛り上がっていく気になっているけれど、わたしが巻き込んでしまっているのにいいのだろうか。
これは、わたしのことなのに。
「ねえ、なんでみんな協力してくれるの?」
「決まってるだろ? 君がみんな好きだからだよ!」
「そうそう! ま、あたしやカズとアッシュの「好き」は意味が違うかもしれないけれどー」
「リコ!?」
「それにロケット団がやっていることは止めたいしな。ダーク化なんぞ、許してはいけない」
アッシュは決意に満ちた顔で、リコはニコニコと、カズくんはニヒルに。
皆が皆、笑っている。
『助けてもらったのだ。私も出来る限りのことをしよう』
ミュウツーが真っ直ぐな目で見つめてくる。
『ルナ、みーんなルナの味方だよ!』
ソーヤがわたしを見上げてにっこりと笑う。
ベルトにつけたボールが揺れる。リッカもセンも、きっとソーヤたちと同じ気持ちなんだ。
「ありがとう、みんな。わたしがやるべきこと……ちゃんと見つけるから」
なら、応えなくちゃ。
わたしがこの時代にいる理由……それを旅の始まりを生み出したセレビィに、必ず聞こう。
そして、その先は……。