21:友達になろう

 トキワの森でいろいろあった次の日。
 マサラのシェアハウスで、わたしはダイキくんに一つ頼み事をしていた。

「ダイキくん、こういうのって作れるかな?」
「アクセサリー? しかもこれ、森の結晶を使うの?」
「うん。だめ……かな?」

 貴重な物って言ってたし、難しいかなあ。
 でも、出来ることなら結晶を使いたい。

「あげたい人がいるんだろ? いいよ、やっておく!」
「本当? ありがとう!」

 彼に感謝を述べて、わたしは家を出た。
 さあ、アッシュとの待ち合わせの場所に行かなくちゃ。


————————


 ヒイロに乗って、わたしたちはシオンタウンに向かった。
 シオンは何処か寂しい雰囲気のある町だ。
 ラジオ塔も、昔はポケモンのお墓だったと聞く。
 ……出たりしないよね?

「ルナ、もうすぐ着くよ」
「うん、わかった! あ、あれリコとカズくんじゃない? おーい!」

 町外れの高台に二人が立っているのが見えた。
 リコはブンブンと手を振っている。隣のカズくんとの温度差が激しいのは気のせいではないだろう。

「ルナ!待ってたよ!」
「遅かったな」
「これでも飛ばしてきたんだ、文句言うなよカズ」

 待っていたリコとカズに対し、ヒイロから飛び降りてアッシュは言葉を返した。
 わたしも降りなきゃ。

「ヒイロ、ありがとう。……リコ、それでミュウは?」
「まだ見つかってないわよ。やっぱ噂は噂だったのかしら」
「まだたいして探してもないだろうが。行くぞ」
「待てよカズ!二人とも、行こう!」

先に言ってしまったカズくんを追いかけて、わたしたちは町へと入っていた。
ミュウ、本当にいるのかな?

————————


「寂れているとはいえ、町の中にミュウがいるのかなあ?」
「さあな。お前も言ってただろ、噂は噂だった……その可能性の方が高いだろう」
「えーっ! せっかく来たのにー。それならなんでカズも来たの?」
「もし本当にミュウがいて、お前らだけミュウを見ることになったら悔しいからだ」
「カズくんって……」
「あいつ素直じゃないから。そういうことにしておいてあげなよ」
「なんか言ったかアッシュ」
「いいや、別にー」

 アッシュとカズくんのバトルの話だとか、ポケモンたちの話だとか、そのままたわいもない話が続いた。
 それがなんだか、とっても楽しい。
 こんな風に話してて楽しかった思い出は、あまりないかも。

「あ、ごめんない」
「……」

 話に夢中になり過ぎて、人にぶつかってしまった。
 フードのついたマントのようなものを被ったその人は、無言のままだ。
 怒らせちゃったかな?

「ちょっとあなた! ルナに対して何もなし?」
「いいんだよリコ。前を見てなかったわたしが悪いんだし」

 相手にもう一度謝ろうとそちらを向いたとき、フードから紫の目が見えた。
 綺麗、だけど、どこか寂しそうだった。

「見つけたぞ!奴だ!」
「……!」

 そのとき、黒い服を着た集団がこちらへと向かって来た。
 彼らは、わたしたちを囲み、ボールからポケモンを出す。
 あの制服って!

「ロケット団! こんなところになんでまた!」
「あいつらもミュウを?」
「……あなた、追われているの?」
「……」
「あのねえ! なんか少しは言ったら……!」

 その人は無言のまま。
 話したくないのだろうか。
 そう思っていたら、突如それは起こった。

「逃げろ」
「え?」
「なに? 頭の中に直接響いたよ!?」
「テレパシー、か?」
「あなたは一体……?」

 その人は邪魔になったのかマントをバサリと脱いだ。
 マントを来た人、いや、ポケモンは鋭い眼光で向かい来る敵を貫いていた。

「巻き込まれないうちに逃げろ、奴らの狙いは私だ」

 一度だけ、サイコメトリで見た姿。
 わたしは思わず、そのポケモンの名前を呟いていた。

「ミュウツー……」

 最強と言われるポケモンが、そこにはいた。


————————



「逃げるぞ」
「あ、待って!」

 ロケット団に背を向けて逃げ出した彼を追いかけ、わたしは走り出した。
 彼を一人にしたらいけない。そんな直感がした。

「ミュウツー、なんで追われているの?」
「さあな」
「単純に強いからじゃない? あいつらにとってはそういうポケモンって喉から手が出るほど欲しいだろうし」

 普通のトレーナーでも強いポケモンを探す人もいるんだし、それがああいう組織になればなんとか手に入れようとするのもわかるかも。
 ミュウツーにとってはいい迷惑だろうな。

「お前たち、こっちじゃ」
「え、誰?」
「こっちじゃこっち。儂の家に隠れなさい。早く」

 声のほうを見ると、老人が手招きしていた。
 後ろには、小さな家がある。

「迷ってる時間はないな、行こう」

 アッシュの言葉にみんなうなづいて、その老人の家に入って行った。

「ありがとうございます。助かりました」
「いやいや、いいんじゃ。儂はフジ。ここで行き場のないポケモンの保護をしておる」
「僕はアッシュ、マサラタウンの出身です」
「同じくマサラのルナです」
「ヤマブキのリコよ。よろしく、お爺ちゃん」
「カズヒロだ。リコと同じヤマブキから来た」
「アッシュくんにルナちゃん。それにリコちゃんにカズヒロくんか。狭いがちと我慢しておくれ」

 見れば、周りには小さなポケモンたちがたくさんいた。
 わたしたちを興味深そうに見ている子、怖がっている子、様々だ。
 腰のボールがカタカタ鳴った。
 ソーヤがボールから出たそうにしているようだ。

「ソーヤ、どうかした?」
『ぼく、みんなと遊びたいー!』
「あー……わかった。今出してあげるから」

 ボールから出してあげると、ソーヤは嬉しそうに家のポケモンたちに近付いていく。
 最初は警戒していたポケモンたちも、周りには集まってき始めた。
 わたしはソーヤたちを見るのをやめ、フジお爺さんに向き合った。

「なんで僕たちを助けてくれたんですか? ご迷惑じゃ……」
「困ってる子供をほおってはおけなかった、というのもあるんじゃが……彼と話してみたかったというのもあるのう」

 そう言ってフジさんはミュウツーを見つめる。
 優しい目だった。

「久し振りじゃのう、ミュウツー」
「……そうだな」

 それはまるで成長した子供を見るような暖かな瞳と、敵を見るような冷たい瞳が交差した。
 何故こんなにも違うのだろう。

「こうやって会えて嬉しいよ。旅をしていると聞いたがどんな感じだい?」
「お前に話すことなどない」

 ピリピリした雰囲気で、ミュウツーは拒絶する。
 なにが彼をそんなにさせるのだろうか。

「ミュウツー、この人はわたしたちをたすけてくれたんだから……」
「……私をこいつだけは許せんのだ」

 彼はフジお爺さんを睨みつけたままつぶやく。
 自分を抑えているようだった。

「貴様が最強のポケモンを、私を生み出すためにどれだけの犠牲を払ったと思っているのだ! ポケモンの保護? 罪悪感から逃れようとしているだけではないか!」

 強い口調て、ミュウツーは責める。
 まるで溜め込んでいたものが溢れているように見えた。

「そもそも、誰がこんな力が欲しいと言った!この力のせいで、私は……!」

 わたしはあの映像を思い出す。
 誰かを助けても、強すぎる力のせいで拒絶されてきたんだ。
 きっと、そういうことが何回もあったんだろう。

『ツー、辛いの?』
「辛い……?私が?」

 いつの間にか足元に来ていたソーヤが語りかける。

『悲しくて、胸がきゅーってなっているんでしょ? 苦しいんでしょ? 大丈夫、友達と一緒ならね、悲しいのがなくなるよ!』
「そうだね、友達がいれば、悲しいのも苦しいのも分けることができる。でも楽しいことは何倍にも増えるんだよ」

 ソーヤを抱き上げて、わたしは彼の言葉に続いた。
 わたしを笑わずに友達になってくれたニーナちゃん。
 こちらに来て知り合ったアッシュたち。
 友達が出来て、わたしの人生は確かに変わった。

「……私には無理だ。友になろうとしても相手を怖がらせてしまう」

 そう言うとミュウツーは悲しそうに顔を背ける。
 それなら。

「なら、わたしと友達になろう?」
『ぼくもツーと友達になりたーい!』

 今までいつも相手から言われてきたことを、今度はわたしから。

「いいな、僕もミュウツーと友達になりたいよ」
「あたしも! ほら、ここで会ったのも何かの縁ってことでさ!」
「あのミュウツーと友達か……面白い。俺も立候補しよう」
「お前たち……?」

 彼は困惑した表情で、わたしたちの顔を一人一人見ていく。
 そんな彼に、わたしたちは笑いかけて手を差し出した。

「ほら、握手しよ。友達の印にさ」
「……」
「儂のことは許さなくて構わないよ。だけどその子たちの思いには応えてくれてもいいんじゃないかな?」

 フジお爺さんは、そうやって後押しをする。
 ミュウツーの話が本当なら、彼を生み出したのはこの人ということになる。
 彼を見つめる目が優しいのは、子供みたいなものだからか。

「……ありがとう。こんなに嬉しかったのは初めてかもしれない」

 ミュウツーの瞳には、涙が浮かんでいた。


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「おらぁ!出てこい!そこにいるのはわかってんだ!」

 突如、大声が家に響いた。外からだ。
 窓に駆け寄ったアッシュが、苦い顔をする。

「囲まれている……!」
「どうする?このままだとあいつらここに攻めてくるよ?」
「私が出て行けば解決する。お前たちはここで奴らがいなくなるのを待っていろ」

 そう言って家を出て行こうとするミュウツー。
 一人で行かせるわけにはいかないね!

「僕たちも戦うよ!」
「なにをする気か知らないけど、悪事を働く人たちをほおっておけないもの!」
「それもそうだな。それに、あの様子だと俺たちのことを逃がしてもくれなさそうだ」
「いいのか?」
「友達でしょ?気にしないで」

 そしてわたしは、ナゾノクサたちのことを思い出す。

「それに、あなたに伝えなきゃいけない言葉があるから」

 わたしはミュウツーににっこりと笑いかけてそう答えた。
 あの子たちの思いを、彼に届けなきゃ。

「みんな、行くぞ!」

 そうして、アッシュの掛け声でわたしたちとロケット団との戦いが始まった。

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