20:わたし自身で決めたのだから

『さて、時渡りの巫女よ。何が知りたいかな?』

 前にも、わたしをそう呼んだ子がいた。

「そう呼ぶの、やめてくださいませんか。わたし、巫女になんてなった覚えはありません。わたしはただの、森の民です」

 森の民。わたしの居場所。
 やっと見つけたわたしの仲間。

『じゃが、貴方は森の民の中でも特別じゃ』
「……どういうことですか? 今まであった不思議なことは全部、森の民の持つ力のお陰なのでしょう?」

 そうだと言って欲しい。
 そうだって、信じていたい。
 時代を超えて見つけた仲間からまで、弾き出されたくない。

『貴方は確かに森の民だ。だが、それ以上に、セレビィの加護を受けている』

 セレビィの、加護?

『環境の変化がきっかけなのだろう。未来から過去に来たことで加護が強くなった。その結果が今貴方の持つ力だ。過去を見ること、闇に堕ちたポケモンを元に戻すこと……他の人間にはない力じゃ』
「でも、この時代にはサイキッカーだっているじゃない。長老様が知らないだけじゃ……!」

 未来では、サイキッカーを始めとした不思議が消えたという。
 過去の方がそう言う力の類いが発症しやすいなら、他のひとだって。

『普通の森の民に出来ることは人でない者の声を聞くことだけじゃ。森の民の長より聞いたが、これまで他の力を持った人間は生まれていない』
「そんな……!」

 それじゃあ、またわたしは、ひとりぼっち?

『貴方の力はこれからも強くなるじゃろう。そう宿命付けられているのじゃ』
『その通りですわ、貴女は時渡りの巫女なのですから。もっと強くなってもらわなければ』

 鈴を転がすような美しい声。
 わたしはこの声を知っている。

『お久し振りです、ルナ様』
「リン…!」
『わー! 久し振りー!』
『出たわね似非お嬢様』
『あらあら、そちらのピカチュウは酷いですわね』

 丁寧な話し方をするそのプリンは、口を押さえながら笑う。
 まさかこんなところで会うだなんて。

『リン? お前リンか?』
『あら、貴女は?』
『私を覚えていないのか?』
『……貴女のような知り合いはいませんわ』

 その言葉にセンはリンを怪しむような目で見た。
 この場にいるリンと、センの言うリンは同一人物なのだろうか。
 あれ? もしそうだとしたら、リンって何者?
 センって確かモンスターボールも無いような時代から来たって聞いているんだけど。

『で? あんた一体何の用? あたしたち、そんな暇じゃないんだけど』
『あらあら、貴女のトレーナーに関わることですのにそんな言い方ですの?しょうがないピカチュウですこと』

 わたしに関わること?
 今度は一体なんだろう。もう、なんだか疲れてきちゃった。

『なーに? ルナに関わることって。教えて教えて!』

 こういう時ソーヤみたいな子がいると助かる。
 聞きたいことを聞いてくれるから。

『そちらのイーブイは素直ですわね。言うなれば、宿命と運命のお話ですわ』

 そう語り出したリンは相変わらず笑顔である。
 だけどなんでだろう。笑っているのに泣き出しそうに見えるのは。

『貴女には確かに宿命がありましたわ。セレビィとの繋がりという宿命が。でもそこから広がるのは可能性。選んだのは……貴女ですわよ』
「この時代に戻ること……ってことよね」
『ええ、そうですわ。宿る命と運ぶ命……貴女はあのまま未来に帰ることも出来た。それなのに戻ってきた。ルナ様、貴女は数多の可能性から自分の運命を選びましたの』
『運命だとか、宿命だとか……もっとわかりやすく言いなさいよ!』

 リッカが怒る。センともそうだけど、リンとも馬が合わないようだ。
 そりゃ確かに、リンの話し方は勿体つけていてなにが言いたいのかわからないことは多いけれど。

『では、そうしましょう。ルナ様が森の民なのも、時渡りの巫女なのも全て変えることのできない、生まれついたもの……宿命ですわ』

 宿命というと大げさな気がしなくもないけど、確かにそうだね。
 どこの子供として生まれたのか、どんな人種なのか、目に色は、紙の色は……
 これらは、自分じゃ変えられない。

『貴女は一度、元の時代に戻った。そのままあの時代で過ごすという未来もあったでしょう。でも貴女はここにいる』
「それは、わたしは……」

 放送と声。あのときはその二つが気になって、気が付けば祠の扉に手をかけていた。

『なぜ戻ってきましたの?』
「……未来で見た、テレビ放送。あの人が言うことが本当なら、むしろ協力するべきなんでしょうね。でも、わたしはあれを見たとき、止めなくちゃって思ったの。過去から未来へポケモンを連れて行くこと……なんで、それを止めなくちゃいけないのかわからない。だけど、悪いことが起きるって、何かが訴えてる」

 何故かはわからない。
 わたし、そう言うことばっかりだ。

『……では、一つお話をしましょうか。セレビィとある女の子のお話を』

 あるところに、まだ幼いセレビィがおりました。
 彼女は心無い者に狙われたり、神より授かった使命をこなしたりで、ほとほと疲れてしまってましたわ。

『彼女が思ったことは、支え合える友達が欲しい、それだけでしたわ。泣き虫で、寂しがりやな神様。それを救ったのはある女の子でした』
『貴様、やはり!』
『セン、今は黙っていてくださいな。私は伝えなければならないのです。彼女たちの想いを』

 センはまだ何か言いたそうな顔をしていたけど、押しとどまった。
 それを見て、リンは懐かしむように語りはじめた。


 ゆっくりとでしたが、セレビィと女の子は友情は築いていきました。
 女の子は村にセレビィを招き、セレビィは村人とも仲良くなりましたわ。
 そのとき、セレビィはお礼としてとある契約を行いましたの。
 古き契約を行うことで、その女の子と村を守ろうとしたのです。
 しかし、セレビィは末端とはいえ神の一員。
 守りよりも強大な力が女の子に宿りましたの。
 セレビィの暮らす世界樹……そこに集まる様々な時間を、夢で見ることができるようになったのですわ。
 近い過去、遠い未来、全く違う時間を歩んだ世界……。
 女の子はそれをセレビィに伝えましたわ。
 セレビィは驚きましたが、覚悟をしてあることをつたえましたわ。

「あなたも視たと思うけれど、遠い未来、世界は終わってしまうわ。でも、わたしはそれを変えたい。協力してくれる?』」
「もちろん。わたしはセレビィの親友よ。協力しないわけがないじゃない」

 セレビィと女の子は、世界の運命を帰るために動きはじめましたわ。
 ただ、その時代は女の子がいる時代から遠すぎた。
 その時代に時渡りすることも考えましたが、それは女の子にもセレビィにも体に負担がかかりすぎると判断されましたの。
 そこで、彼女たちに出来たことは子孫に任せることだけでしたわ。
 女の子は言ってましたわ、自分たちの意思を継いでくれる子が生まれてきたら嬉しいと。
 世界の終わりを、防いで欲しいと。


「わたしもその子孫の一人、なんだね」
『ええ、そうですわ。それが時渡りの巫女。だからこそ、セレビィはこの時代に貴女を導いた。貴女がこの時代を見て、どう思うのか。自分たちの意思を継いでくれるか。それを見定めるために』
「今までの人たちは……?」

 一つ、気になった。
 今までの時渡りの巫女はどうだったのだろう。

『ルナ様のようにはっきりした力を持つ者はなかなかいませんでしたわ。そして、力を持っていてもその気がない人ばかりでした』
「そうなんだ……」
『ルナ様、貴女はどうですか? 世界を見て、この話を聞いて。貴女の想いをお聞かせくださいな』

 わたしの想い、か。
 そんなの、もう決まっている。

「わたし、トレーナーになってよかったって思ってるよ。ポケモンに会って、他のトレーナーと会って。人とポケモンの関係っていうのがなんとなくわかってきたと思う」

 多くのポケモンは、それがどんな人であろうがトレーナーを信じてくれている。
 そして、多くのトレーナーもポケモンに応えようとしている。
 その関係を、守りたい。

「だから……わたしが生まれた時代のように、人とポケモンが一緒に生きられない世界は止めたいと思う」

 これがわたしの意思。
 この時代に戻ってきた理由。

『その言葉を聞けただけでも嬉しいですわ』
「あなたは知っているのね?これからなにが起こるかを」

 何故ポケモンが居なくなったのか。
 それを突き止められればあの未来を変えられる。

『知ってたとしてもお教出来ませんわ。実を言うと、私も具体的にはなにが起こるか知りませんの』
「そっか……」

 知っていへれば、貴女を助けることも出来たのだけれど。そう言ってリンは悔しそうに俯いた。

『でも、貴女はこの世界の運命を変えてくれる……私はそれを楽しみにしておりますわ』
「期待されても応えられるかわからないけど……出来る範囲で頑張るよ」

 わたしに課せられた使命。それができるかわからないけど、精一杯やろう。
 わたし自身で決めたのだから。

『リン』
『なんですの?』
『答えろ! お前は彼女と一緒にいたのではないのか! 何故こんなところにいる!』

 センが吼える。
 二人は同じ時代を生きたのだろう。
 それなら、センがいなくなったあとなにがあったか気になるよね。
 わたしが止めたりしたらいけない。

『……安心してください。彼女はセン、貴女のお陰で無事でしたわ』
『そうか……無事だったんだな』

 安心したかのようにほっと息を吐く。
 彼女って誰だろう。センの元のトレーナー?

『ルナを見たとき彼女と同じものを感じたのは子孫だったからなのか。……しかし、これはルナがやらないといけないことなのか?』
『これから起こることを止められるのは巫女だけ。セン、貴女はこれから長い旅に出ることになります。それは、私達の未来に必要なこと。任せましたわよ?』

 わたしはセンとリンの会話に耳を澄ます。
 長い旅ってなんだろう?

『私が長い旅に出るだと? どういう意味だ?』
『貴女はいろいろな時代を見て回る。そうすることで強くなるのですわ……
『貴様! 私を惑わせる気か! 昔からそうだ、貴様はわかりにくいことしか言わない!』
『そんなことありませんわよ?』
『そんなことあるわ! ……く、あははは!』
『クスクス……なんだか昔に戻ったみたいですわね』

 なんだか楽しそう。とても仲がいいんだなー。
 いいな、ああいう関係。
 二人を眺めているとリンがわたしの方を向いた。
 なにかな?

『ルナ様、このまま旅をしていれば、どうすればいいのかわかるはずですわ』
「今まで通りってこと?」
『そうですわね。これから、世界を滅びに導く者が動き出すはず。ルナ様は情報を集めつつ戦いに備えてくださいまし』
「戦うことになるの……?」
『実際に戦うことになるかはわかりません。ただ、覚悟はしておいて欲しいのです。なにがあってもいいように』
「わかった……」

 これはみんなに聞かなくちゃ。
 わたしだけで決まてらいけないもの。

『では、わたしは失礼いたしますわ』
「一緒にきてくれないの?」
『私にはまだやることがありますから。ご安心くださまし、時が来ればまた道が交わりますわ』
「わかった……元気でね」
『ばいばーい!』

 ソーヤが前足を振る。
 リンはそれを見るとにっこり笑って立ち去って行った。

『未来を変えるって……そんなことしていいの?』
「……わからないかな。それに、戦うって……わたし自身にはそんな力がないし、そうなると直接戦うのはみんなだと思う」

 傷付くのはポケモンたちだ。
 わたしも覚悟しないといけないけど、みんなが意思を聞かなくちゃ。

「こんなトレーナーでも、ついてきてくれる?」
『もちろん!』
『当たり前でしょ?』
『ルナ、私は今度こそ大切な人間から離れたりしない。だから自分の進みたい道をいけ』

 みんなの瞳は、真っ直ぐわたしを見つめている。
 その瞳に浮かぶのは、確かな勇気。

「ありがとう、みんな。未来を変えるって大きなこと過ぎてなにが出来るのかわからないけど、頑張ろうね!」

 まだ先は暗く、なにが待っているのかわからない。
 でもわたしの心は決意に満ちていた。
 わたしが無意識に選んだ道。それがはっきりした見えたからだろう。
 未来の世界で、ポケモンがいなくなった謎に迫れるはずだ。ずっと知りたかったことの答えを、絶対に見つけてみせよう。

『ねー、ルナ! ぼくお腹すいた!』
「あ! そういえばお昼ご飯食べてない!」
『もう夕方ねー。お昼もおやつも抜きね』
『ルナ、私はいなり寿司が食べたいぞ』
「今から?! せ、せめてきつねうどんでお願いします……」

 きっと大丈夫。
 わたしにはこんなに支えてくれるポケモンたちがいるんだから。

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