16:ゆっくり、謎を解いていこう

「ルナ! 気分はどう?」
「最高ー! ね、ソーヤ!」
『うん! さいっこー!!』
『そりゃあ良かった!』

わたしたちを乗せて赤が空に軌跡を描く。
ポケモンに乗って空を飛ぶのってこんなに気持ちいいんだ!

「それにしてもヒイロってばいつの間に進化したの? 教えてくれても良かったのにー」
「ははっ! 黙っててごめん、君のこと驚かせたかったんだ!」

 そう、わたしたちが乗っているのはアッシュくんのヒイロ。今は進化してリザードンになっている。

「うーん、でも良かったのかな? ジム戦もしてないのに……」
「ナツメさんが認めたんだ、問題ないよ」
「そうかな?」

 少々疑問に思いつつ、そのときのことを思い起こした。







「ルナ、気がついたんだね!」
「アッシュくん? おはよー……」
「おはようって……本当にびっくりしたんだからね? でも良かった、目が覚めて」

 アッシュくんは本当にホッとした表情で言う。あのとき突然睡魔に襲われたんだもの、それも協力でまぶたに力が入らなくって。
 窓の外を見れば星が瞬いている。もう夜になっていたんだ。かなり眠ってしまったみたい。

「あら、目を覚ましたのね」
「よかったー! 目を開けなかったらどうしようと思ってたのよー! もう、心配かけてー!」
「ナツメさん、それにリコも。……心配かけてごめんね?」

 リコはわたしに抱き付いて涙を浮かべていた。そんなに心配してくれたんだ。……本当に、いい友達を持った。
 わたしたちが抱き合っていると、ナツメさんがゆっくりと近づいてきて、わたしの手に何かを握らせた。

「ルナ、貴方にこれを」

 手を開けばそこにあったのは小さなバッジ。
 これってヤマブキジムの……?

「このバッジは……え、でもわたし……」
「ルナ、貴方はこのバッジを持つだけの資格があるわ。あの子はあなたじゃなければ救えなかった。バトルのほうの腕も私が太鼓判を押してあげる」
「……ありがとうございます。大切にします」







「このゴールドバッジ、今までのバッジもだけど一つ一つ大切にしないとね……」

「そういえば、ルナってリコだけは呼び捨てなんだね」
「初めて会ったときに呼び捨てにしてって言われて。それからかなー?」
「じゃあ……僕も呼び捨てにしてほしいな」
「え?」
「羨ましいんだ、ルナの特別みたいで! だから僕のことも呼び捨てで、アッシュって呼んでくれよ!」

呼び捨てなんて呼び慣れてないのに……! でも、アッシュくんにはお世話になっているしそれくらいなら……。

「……ッシュ」
「小さい!」
「うー……! アッシュ! これでいい?」
「やった! ……あ、見て! マサラタウンだ!」
「わあ……」

 空から見るマサラタウン。
 人と自然が共存していてとても美しい。真白を上から見たことはないけれど、あちらはどんな風に見えるのだろう。

「あ、二人も降りてきたよ」
「ほんとだ、リコー! カズくーん!」

 リコはフライゴンに、カズくんはジバコイルに乗っている。
 そのまま二人はわたしたちの近くまで降りてきて、空の旅を終えた。

「着いたわね! わー、空気が美味しい!」
「ここがマサラタウン……いいところだな」

 真白町とマサラタウン。違う時代の同じ場所。
 なにがきっかけでマサラから真白に変わって行ったのだろう。

「さて、どうする? あの人を探すのか?」
「ううん。その前に博士のところ行こうと思うの」
「オーキド博士に会えるのか!!! 楽しみだな!!!」
「じゃあ研究所だね。リコ、カズ、こっちだ」



 ルナ……



「……? 誰……?」
「ルナ! 先行っちゃうよー!」
「あ、待ってよー!」

 聞き覚えがある声だけど、気のせいだったのかな?





「おお、アッシュにルナ。おかえり」
「博士、ただいま!」
「ただいま戻りました」

 ただいまにおかえり、か。この言葉を暖かな気持ちで交わせる日がまた来るとは思わなかった。
 そういえば、あの日家を出るときいってきますって言わなかったな。
 チクリと、胸が痛んだ。

「お、来たな」
「あー、あのときの露天商!」

 リコの声に顔を上げると、テンガロンハットをかぶった男がいた。長めのポンチョに民族調のネックレス。 足元はブーツインでおしゃれというよりも時代錯誤な感じを受けるのは気のせいだろうか。
 間違いない、あの男だ。

「貴方の言うとおり、フワンテは助けたよ。……話していただけるんですよね?」
「もちろん。だがその前に紹介したいのがいる。おい、ダイキ!」
「はーい! 族長、なんのよう?」

 まだ声変わりのしていない高い声。現れたのは十歳くらいの男の子。なぜかベルトには工具の入ったバックをつけていた。

「こいつはダイキ。少し前からシェアハウスに住んでいるんだ」
「え、シェアハウスってことは……博士、この子が新しく来たって子?」
「うむ、その通りじゃ。スズキさんから強い推薦があっての、預かることになったんじゃ」
「へえ……」

 よく見れば、族長と呼ばれた男も、このダイキという子も、わたしと同じ緑の石を身につけていた。
 そういえば、スズキさんも緑の石を持っていたっけ。この男となにか関係があるのだろうか。
 うーん、見てるとなんだか懐かしい気持ちになるのは何でなんだろう?

「わたしはルナ。よろしくね、ダイキくん」
「よろしく、ルナねーちゃん!」

 ねーちゃんか、ふふ、なんだかくすぐったいな。
 わたしに会えるのをずっと楽しみにしてたこと、部屋は向かいの部屋になったこと、町の人と仲良くなったこと。
 人懐っこい笑みを浮かべて、彼は言う。
 弟って、こんな感じなのだろうか。

「ダイキ、そこらへんにしとけ。彼女がここに戻ってきたのは俺に聞きたいことがあるからなんだから」
「……教えていただけるんですね?」
「もちろんだ」

 やっと、今までの謎が解ける。
 緊張してきた。

「ルナちゃん、来てくれ。ダイキも来い」
「あ、待ってください。他のみんなも……」
「駄目だ。これは君にしか話すことができない」
「そ、そうですか……」

 みんなに手伝ってもらってきたのに。なんで?
 反抗してもいいけれど、それで聞くことが出来なかったら困る。
 わたしの意気地なし。こんなことで挫けるだなんて。

「ルナ、そんな顔しないで? 僕たちは研究所で待っているから」
「そうよ、後からルナに直接聞くからさ! だから、ちゃんと聞いてきて!」
「その通りだ。俺としては博士と話せる時間が出来てちょうどいい」
「みんな……ありがとう。行ってくるね」


 ルナ……


 また、誰かに呼ばれた?

「ルナ、どうしたの?」
「誰かがわたしの名前を呼ぶ声がしたの……アッシュくん聞こえた?」
「ぼくには聞こえなかったよ。空耳じゃないかな?」

 そうだろうか。
 疑問に思いつつ、わたしはシェアハウスへ足を進めた。







 わたしはダイキくんと族長にお茶を出す。お茶菓子はキキョウせんべいといかりまんじゅうのジョウト銘菓詰め合わせ。
 配り終えたところで、わたしは彼らの反対の席に座った。
 さて、いったいどんな話が聞けるのだろう。

「まずは……そうだな。俺たちのことから話し始めるか。俺たちは森の民という少数民族。その中でも俺はまとめ役ってところだ。それで周りから族長と呼ばれているんだよ。面倒だがな」

 森の民? 前にトキワの森のフシギバナが言っていたのは彼らのことだったのか。
 わたしは目の前の二人を注意深く観察する。
 共通点は茶髪で、茶色い目。そして、緑の石のアクセサリー。
 髪と瞳は置いておくとして、やっぱりあの石には何かしら意味があるんだろう。

「そして、俺たちには一つ、特徴がある」
「特徴?」
「それは……動物と話せることだ。俺も、ダイキも話せる」
「本当ですか!?」

 動物と話せる?
 わたしと、おばあちゃんと、同じ?
 かつて会いたいと思っていた存在が目の前にいきなり現れた。
 初めてソーヤ、ポケモンと出会ったときと同じくらい、いや、それ以上の衝撃が全身を走った。

「最近は森の民の血を引いていても話せないのもいるがな。……お前さんはどうだ?
「話せる。話せるよ。本当に、あなた達も話せるの……?」

 ひとりぼっちだと思ってた。わたしと同じように、人以外と会話できる人はいないんだと思ってた。
 でも、わたしにも同じ力を持つ仲間がいる。
 ああ、こんなに嬉しいのははじめてかもしれない。

「その反応、近くの知り合いに話せるのはいなかったのか」
「おばあちゃんだけだった。わたしが変なのかって思ってたの。一人だって……」
「そんなことないぜ!」

 黙っていたダイキくんが声をあげる。

「ルナねーちゃんは一人じゃない! おれたちもいるし、ポケモンだっているだろ! だから、一人なんかじゃない!」
「ありがとう、ダイキくん」

 過去の世界に来れてよかったと、今更ながらに思う。
 仲間がいることがわかって。大切なライバルも出来て。
 この出会いをくれた森の神には感謝しないと。

「森の民が動物と話せるようになったのは、俺たちの神のおかげだと言われてる。森の民の起源となった村とその神の間で結ばれた契約、村の人間はずっと自然と寄り添い生きていくことを約束したんだ」
「神様? ねえ、その神様って、森の神様でしょう? よくその祠の前で遊んでたの」
「よくわかったな。じゃあ、その神の正体は知っているか?」
「……セレビィ、ですよね?」
「その通り」

 セレビィ。わたしが探しているポケモン。こんなところでも繋がっていただなんて。
 血、生まれ育った場所。いろんなところに影が見える。いつになれば、わたしの前に姿を見せてくれるのだろう。

「そのうち他の森の民にも会えるだろう。俺たちは案外いろんなところにいるからな」

 どんな人たちなんだろう。会える日が楽しみだ。

「さて、ルナ。お前さんの石を見せてくれ」
「石? ……これのことですか?」

 わたしはペンダントを外し、族長に手渡す。

「この緑の石は、森の結晶と呼ばれている。セレビィが時渡りをするときに生まれる時の波紋から零れ落ちたエネルギーが結晶化したものなんだ。シンオウ神話に出てくる神ほどではないが力を持つ存在から生まれるものだからな、扱いには気をつけろ」

 扱いには気をつけろ、か。こうして見る分には普通の綺麗な石にしか見えないんだけどなあ。

「森の結晶にはすっげーエネルギーが詰まっているんだぜ! それを悪人に利用されないように、これは無くしちゃいけないんだ!」
「すごいエネルギー?」
「うん! 悪い奴の手に渡ったりしたら、誰かを傷付けることだってできるかもしれないから、ルナねーちゃんも悪人に渡さないようにしてな!」
「わかった、気をつける」

 誰かを傷付けるものになるかもしれないのか。
 セレビィの力が間違った方向で使われたら、確かに大惨事になるかもしれない。気をつけなきゃ。

「それに、これは森の民の関係者だと互いにわかるようにする印でもある。……本当に信頼できる、そんな人間がいれば結晶のアクセサリーを渡すといい。俺達のほうで支援してやる」
「……その時がきたら、よろしくお願いします」

 信頼できる人。 真っ先に浮かんだのは彼の顔だった。
 わたしはこの時代の人間じゃない。形に残るもので、わたしとの繋がりを作っていいのだろうか。
 きゅっと、胸が苦しくなった。









 夜、自分の部屋でソーヤたちと話していた。
 ダイキくんはもう眠ったみたい。

「ソーヤ、リッカ、セン。昼間の話、聞いていたよね?」
『うん、もちろんだよ!』
『森の民ねえ。ま、関係ないわ。だってルナはルナだもの!』
『その通り。心配することはなにもない』

 彼らのスタンスは変わらない。ありのままのわたしを受け入れてくれる。
 わたしはわたし、か。

「そういえば、フワンテのとき起こったこととか、聞きそびれたことがあったな。どうしよう」
『また会えるよ! そのときに聞けばいいよ! それにね、ボクは謎がいっぺんに解決するより少しずつのほうが楽しいと思う!』

 それもそうだ。
 ゆっくり、謎を解いていこう。
 その先にわたしがここにいる理由も、きっとあるはずだ。
 みんなで、いろんな町をまわって、それで……
 段々と眠気が訪れてきた。思考がだんだんと薄れてくる。
 みんなといっしょに、これからも……





 白の町の遥か上空。
 小さな光が空に軌跡を描いた。
 その光は森の上で姿を消す。
 何も知らない町は、静かな時が流れ続ける。
 灯りの消えた小さな家を、月は優しく照らしていた。

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