「ルナ、タマムシジム勝利おめでとう!」
「えへへ、ありがとう。あとで博士にも連絡しなきゃ」
「オーキド博士か。一度お会いしたいところだ」
「カズヒロ、悪いけどあの人には会わないほうがいいと思う。イメージが崩れると思う」
アッシュくんの言うこともわからないでもない。テレビとかで見る博士って、優しくてお茶目な人に見えるもの。
本当は腹黒いところもあるのにね。
「ふん、博士に使われるなんて光栄なことじゃないか。同じ町出身だからってお前が選ばれる理由がわからんな」
「一ヶ月も付き合えば考え変わると思うぞ……」
「そっちのはルナと言ったか?お前もマサラ出身なんだろう?博士のことを教えてくれないか?」
「え?いいけど……?」
なんだかカズくんの目の輝きが違う。
そのことにわたしが戸惑っていると、リコがそっと耳打ちしてきた。
「カズはね、オーキド博士に憧れているのよ。ゼミに入ったのも博士の助手になりたいからなのよ?」
ああ、なるほど。それで。
「リコ、余計なことを言うな!」
「あら、恥ずかしいの? いいじゃん、どうせすぐにバレるんだしー?」
「お前な!」
「カズはリコに弱い、と。メモしておくか」
「アッシュ貴様……!」
わたしは思わず笑っていた。
なんだかんだで、みんな仲がいい。今までのわたしは、なんて狭い世界で暮らしていたんだろう。
「オーキド博士はいい人だよ。町の発展にも力を入れている。わたしがあの町から支援を受けているのもその一環なんだ」
『ぼくはあの人少し苦手ー』
「でもカントーの外れでしょー? 興味はあるけどそこに住むとなると少し不便よね」
「でも、わたしは好きだなあ。素敵なところだよ」
わたしにとってのふるさと。
そう言い切れるほど、元の世界への帰還の望みを捨てていないから、まだ違うかもしれないけど。
「へえ。ルナがそこまで言うならあたしも一度行ってみようかな? 美味しいお店とか教えなさいよ」
「うん、見せたいところもいくつかあるしね」
和やかな空気の中雑談をしていたが、集まった理由はおしゃべりするためではない。
あの露天商が言っていた、フワンテに関する情報交換のためだ。
元々わたしの問題なのに、リコもアッシュくんも、知り合ったばかりのカズくんまで手伝ってくれた。
本当に、ありがたい。
「俺はまずああいうのは好かん。それに協力しなかったらそこにいる二人に何言われるかわかったもんじゃない」
「素直じゃないんだから。本当はあの人の話聞きたいだけなんじゃないの?」
「何を言って……!?」
「それともライバルの手伝いがしたいだけかしら?色々な意味で」
「リコ、いい加減にしろ!」
リコ、楽しそうだなあ。カズくんも本気で怒っているわけではなさそうだし、これが二人のコミュニケーションなのかな?
「はいはい、痴話喧嘩はそれくらいにしてよ。それを聞くために集まったんじゃないんだからさ」
これ以上二人の争いが発展する前にアッシュくんが止めた。
さて、どれだけ情報が集まったかな?
————
「うーん、結局よくわかんないわねー?」
「あいつが暴れたのは一回だけだからな。情報が少ないのは仕方ないだろう」
あれ以降、フワンテは姿を見せていないらしい。
何処か別のところに行ってしまったのか、それともロケット団に捕まったのか。
「それにしてもロケット団って一体何したいのかイマイチわかんないわね。フワンテのこと、追い掛けないで逃げたんでしょ?」
「うん。考えられるのは、捕まえられても逃げられても、どっちでも良かったのか。それとも行動の予測が立てられるから、無理にあのとき捕まえる必要はなかったのか……ってところかな」
そう考えたら、あのフワンテはもう捕まっているかもしれない。
「アッシュ、俺達はもう一度情報収集に行くぞ。もしかしたら警察やジムに新しい情報が入ってきているかもしれん」
「わかったよ。ルナ達はここで待ってて。すぐ戻ってくるから」
二人がいなくなって、リコと一対一になった。二人きりになると、どうしても聞きたいことが出てくる。
どうしたものかと思ったけれど、勇気を出して聞いてみる。
「リコ、一つ聞いていい?」
「ん? なに?」
「なんで、手伝ってくれたの?」
「そりゃ友達が困っていたら……」
「友達といっても、付き合いが長いわけじゃない。それに、自分でいうのもなんだけど、わたしって変でしょ?」
人とは違うというのは、身に沁みるほどわかっている。
そのせいで、ずっと孤立していたから。
友達っていっても、口だけで、わたしを友達とは思っていない人があの時代には多くいたから。
信じたい、でも、信じるには、まだ足りない。
「ルナが何か隠していることはわかっているけどさ。それはいつか離してくれると信じてるから。……まあ、強いて言えば、あんたってほっておけないのよね」
ほっておけない? どうして?
「どうしてって言われると答えられないんだけどさー。それだけルナに魅力があるってことじゃない? アッシュだっけ? 彼は確実にその魅力に捕まってるわね」
ま、それはあたしもだけどといい、彼女は微笑んだ。
「カズの奴はああ見えて面倒見いいし、あんたの時折り見せる寂しそうな顔が気になったんじゃない? あいつ自分じゃ絶対そういうこと言わないだろうけど」
自分じゃ気付いてなかったでしょー? そう言ってウリウリとわたしにちょっかいを出す。その通りだ。
「わたしさ、怖いんだ。恐ろしいんだ。わたしに起こったこと、わたしの中で起きてることを話して、大事な人がそばからいなくなるのが」
気付けば、本音をポロリとつぶやいていた。
リコはふざけるのをやめて、黙って話を聞いてくれた。
「なにが起こっているのか自分でもわかってないところもあるし。それに、生まれ持った力のせいで、人間の友達ってほとんどいなかったんだ。だからね、失いたくないの」
ライバルだって言ってくれた彼を。友達と言ってくれたあなたを。
「……よし、その不安、お姉さんが解消してあげましょう!」
「お姉さんって……同い年でしょ?」
「見た目的にはルナのほうが年下じゃない。まあ、任せなさいって!」
むすっとしたわたしに苦笑しながら、彼女は立ち上がる。いったいなにをするつもりなんだろう?
と、そのとき目の前が真っ暗になり、柔らかく暖かいものに包まれた。そして、ぽんぽんと優しく背中を叩かれる。そのリズムはなんとなくて懐かしくて、心地よい。
「あなたは、一人じゃない。後ろを見て。あなたの道が続いてる。横を見て。仲間が笑ってる。前を見て。未来が待ってる」
小さな歌声はとても綺麗で。暖かくて。
心の中のもやが晴れていくような、不安が解けてなくなるような、そんな気がした。
「……どう? 先生のおまじない、効くでしょ?」
「先生?」
「そ、先生。孤児院であたしの面倒をみてくれたお母さんみたいな人よ。……親がトレーナー修行に出てそのままとか、よくある話でしょ? 今のカントーのチャンピオンだって片親だし」
なんでもないように言うんだね。それだけその先生が大好きってことなのかな。
両親と暮らしていたわたしよりも、よっぽど家族をしていたように思える。
「どんな人にも人には言いにくいことがあるのよ。だから、あたしは待つから。ルナが秘密にしていることが言える日まで、待つから」
「ありがとう。……まだ言えないけど、ちゃんと伝えるから」
大事な人たちに、わたしのことを知って欲しいと思った。
だから、伝えなきゃ。大丈夫、彼らは受け止めてくれる。
「やっと笑った。さあ、あたし達もあたし達でできることをしようよ!」
「うん!」
「……とは言っても、何をしたらいいかな?」
うーん。そこなんだよね。
例えば、常に情報が入るような人がいたらフワンテのこともわかりそうな気がする……? あ、そうだ。そういう人、いるじゃない!
「ねえリコ、もしかしたら、オーキド博士のところになにか情報が来ているかも!」
「それいいわね! 電話しましょ!」
そうしてわたしたちはテレビ電話に向かう。
えーっと、研究所の番号はっと。しばらくして呼び出し音がなる。ガチャっと音がして、画面にはしばらく会っていないオーキド博士の姿が映し出された。
「もしもし、博士、こんにちは」
「おお、ルナか。儂も連絡しようと思っとったところなんじゃよ。後ろの子はルナの友達かの?」
「はい、彼女はリコ。わたしの大事な友達です」
「初めまして、オーキド博士。リコと言います」
それを聞くと、博士はそうかそうかと、とても嬉しそうに笑った。
こっちまで嬉しくなってくるね。
「ところでわたしに連絡って……?」
「おお、そうじゃ。実はシェアハウスにあたらしい子供を招いたんじゃ。顔合わせをしたいから一度マサラに戻ってきてくれんかのう?リコと言ったな、お前さんも一緒に来なさい」
「いいんですか!? 行きます!!」
リコってば嬉しそう。カズくんだけじゃなくて、彼女も博士に会ってみたかったのかな。
「ところで何の用で電話してきたのじゃ?」
「そうだった。実は……」
その時、大きな爆発音がした。
ガラスの割れる音、爆風、人々の悲鳴。辺りは騒然とする。
「いったいなに……!?」
電話機は壊れてしまった。あとでポケギアでかけ直そう。
今は、目の前のことを。
爆発の会った場所、そこには丸いシルエットが浮かび上がっていた。
「フワンテ……!」
なんで?
再び現れたあの子を見て、思う。
「ねえ! なんで泣いているの? 辛い? 寂しい? 怖い?」
枯れるほど大きな声で呼びかける。
黒いエネルギー体をわたしに向けて放った。
「ルナ、危ない! 離れて!」
リコが叫ぶ。
彼女の声を振り払い、わたしは駆ける。
『怖いの? 寂しいの? ボクたちがいるよ!』
黒いエネルギーの弾が頬を掠める。
血が出ているけれど、これくらい平気だ。
『助けてあげて』
声がする。そちらをちらりと見ると、身体の透けた女の子とポケモンが居た。
『助けてあげて』
『泣いてるの、苦しいの』
当たり前だよ。わたしの力で、あの子を助けられるなら全力を尽くそう。
「大丈夫だよ、わたしが、わたしたちが元に戻すから! 貴方のその黒いもの、取ってあげるから!」
一歩一歩近づいて、暴れるフワンテを宥める。
寄れば寄るほど、あの子の心の悲鳴が聞こえてきた。
助けたい。
わたしはフワンテを抱きしめ、大丈夫、安心してと声を、心を伝える。ソーヤも、わたしの肩に乗りおでこをフワンテにくっつけてわたしと同じことを願っているのを感じ取った。
「ほら、大丈夫」
『怖くないよ!』
ぽうっと、ペンダントの石が輝いた。
ふわりと、緑の光が辺りを包む。
黒いものが出てくる。
消えていく。
浄化されていく。
ああ、もう大丈夫。
「いったい何が起こったの……!?」
光が止めば、何事かとこちらを見る多くの目があった。
注目が集まっているのは何となく怖いが、それよりも腕の中のポケモンだ。
「ルナ!」
「リコ、この子はもう大丈夫だよ」
「大丈夫って……」
「大丈夫。この子に付いてた黒いもの、全部消えたから」
「黒いもの……何を言っているの?」
不思議そうに言う彼女の言葉が遠く聞こえる。
何だろう、とっても疲れちゃった。
「ルナ!リコ!」
「アッシュくん……」
「ルナ!?大丈夫!?…。その腕のポケモンって!?」
驚く彼に、わたしは笑いかける。
腕の中のフワンテが少し動いた。
『ありがとう』
一言、感謝を述べると、ふわりと宙に浮かぶ。
周りがそれに反応して緊張が高まった。しかし、フワンテはふわふわと漂うと、体が透けている女の子とポケモンのところへ行く。
『お姉ちゃん、ありがとう』
『フワンテを助けてくれてありがとう』
『ありがとう。やっと解放された』
「どういたしまして」
彼らは感謝を述べると、フワンテに掴まって空へと消えて行った。
幼い子が死んでしまったとき、迷わないようにフワンテが天国まで連れて行くって、遠い昔に聞いたことは本当だったんだ。
「良かった……」
『うん、よかった』
「ルナ、大丈夫?痛いところはない?」
「ありがとう、アッシュくん……」
アッシュくんが、わたしを抱きかかえる。
あったかいな。
頭がぼぉっとしてくる。まぶたが重い。
わたしはそのまま、眠りに落ちた。
ありがとう、ごめんなさい。いつか聞いた声が、聞こえた気がした。