「どうして?」
「そりゃあ、なくなったらいけないからさ。本当に大事なものっていうのは、無くしたときに気付いたりするものさ。だから、ちゃんとつかんでいなさい」
「わかったよ、おばあちゃん!」
その瞬間、目の前に車が飛び込んできて……
————
「おばあちゃん!!!!!」
『ひゃああああああ!!!!????』
飛び起きたわたしの目に入ったのは、ひっくり返ったソーヤだった。
放心状態だ、見事に固まっている。
『ちょっとルナ、うるさいわよ』
『全く、大声で何を騒いでいるのだ』
みんなを起こしちゃったみたい。
はあ、なんで今更あの夢を見たんだろう。
「あはは、ちょっと昔の夢を見て……ごめんね?」
『ルナ泣いてるの?』
「大丈夫。少し、悲しい夢だっただけだから……」
なんで今頃あの夢を見たんだろう。どうせなら、幸せな夢が見たかったな。
さて、起きてご飯作らなきゃ。
「ソーヤたちはダイキくん起こしてくれるかな? その間に朝ごはん用意しておくから」
『わかった!』
『さーて、どう起こしてあげようかしら。電気ショック?』
『ひのこでもいいだろう。いっそ二つ合わせるか?』
「穏便に、ね?」
ダイキくんが無事に起きてくることを祈ろう。
みんなが出て行ったところでいつもの服に着替える。最後に森の結晶のペンダントを首にかけ、鏡の前でニコッと笑う。うん、今日も大丈夫。
それにしても、同じ森の民を繋げてくれる結晶か。なんだか素敵だね。会える日が楽しみだ。
「うーんと、今日はトーストでいいかな?スクランブルエッグとサラダ、あとスープは昨日作ったのがあるから……」
そうだ。マサラに戻ったんだからあとで祠に行こう。昨日はドタバタして結局行けなかったし。
掃除して、お供え物して……うふふ、なんだか楽しくなってきた。
フライパンを火にかけ、バターを落とす。キッチンにバターの焼けるいい香りが広がって行く。
「ルナねーちゃん、おはよー」
「ダイキくんおはよう……頭爆発してるよ?」
「……リッカに電撃浴びせられた」
あの子、本当にやったのか。まったくー。
「もう少しで朝ごはん出来るから顔洗ってきなよ。……その髪も直してきな?」
「そうする……」
洗面所に向かうダイキくんを見送り、わたしは卵を溶きほぐす。フライパンにそれをいれ、様子を見つつかき混ぜる。その横では野菜スープがコトコト音を立てていた。
『ふう、朝からいい運動をしたわ!』
『ルナー! 今日のごはんなあに?』
しばらくして三匹がリビングに戻ってきた。
ソーヤはお腹が空いたのか、早く早くと急かしてくる。
さて、盛り付けてみんな一緒に食べますか。
————
朝ごはんの片付けを終え、わたしはマサラの森へと向かった。
ここにくるのも本当に久し振り。
「森の神様、お久し振りです。無事ここに帰ってこれました。わたしたちの旅路を守ってくれたことを感謝します」
何度もやってきた通りに、祠に祈りを捧げる。森の神様の正体がわかったとしても、祈りは変わらない。むしろ思いは強くなった。
森の守り神セレビィよ。これからもわたしたちを見守っていてください。
『ルナー! 向こうで遊んできていーい?』
「いいよー! 気を付けてね」
『はーい! リッカ、セン! 行こう!』
みんなかわいいなあ。そうだ、せっかく戻ってきたんだから旅の間だと中々作れないお菓子とか作ろうかな? ポケモンが食べたらいけないものをしらべて、みんなで食べよう。
よーし、じゃあまずはハウスに戻って……
そのとき、突然祠から光が溢れ出した。
「え?」
そして世界は暗転した。
————
な! ルナ!
もう、ソーヤうるさいよお。もうちょっと寝させて……
「ルナ! いい加減に起きなよ!」
「いったあ!! 何も殴ることないじゃない……!」
「いつまでも起きないあなたが悪いんでしょう? まったく、風邪引くわよ?」
腰に手を当て、怒ったような、そして呆れたような顔でわたしを見ていたのは懐かしい顔だった。
「あ、れ……? ニーナちゃん……?」
「……わたし以外に誰がいるのよ。もう、心配かけてー。今日は政府からとても大切な話があるから聞くようにって言われたじゃない。もうすぐ時間よ?」
わたしは急いで起き上がり、辺りを見渡す。古びた祠、そこらじゅうに生えた雑草、使い込まれた竹箒。
全てあの日のままだった。
「なんで……? わたしは、マサラに……」
「何言ってるのよ。さ、始まるわよ。わたしのスマフォで一緒に見ましょ!」
混乱したままわたしはニーナちゃんに腕を掴まれた。そのまま膝をついてスマートフォンを覗く。
そこに映っていたのはわたしのお父さんより少し老けて見える男の人だった。たくさんのフラッシュが焚かれていて眩しい。
「今から我々は、皆さんにとても重大な発表をしなければなりません。私もつい先日までこの事実を認めたくありませんでした。しかし、私はあえて皆さんに伝えましょう。今こうしている間にも迫っている世界の危機を! 数多の人間が予言した滅びの日が刻一刻と迫っているのです!」
滅びの日!? この人、一体何を言っているの……?
「さて、皆さんはポケモンと呼ばれる存在を知っていますか? そうです、我々の歴史上に登場するあの生き物です。かつて我々人間はポケモンと共に生きていたということは様々な学者によって証明されています」
でも世界はポケモンを忘れようとしている。政府がそうし向けたくせに、その事実をなかったかのようにこの人は振舞った。なんだろう、このモヤモヤは。なんだろう、この人を止めなくてはいけないと思う気持ちは。
「何故今、彼らの話をしているのか、疑問に思う方も多いでしょう。しかし、これはとても重要なことなのです。地震、豪雨、干ばつ……最近増えている自然災害は世界を支えていたポケモンがいなくなったからというのが世界ポケモン研究所の調べでわかってきました。巨大な力を持つポケモン……神とも言えるその存在を現代に戻さない限り、我々には未来がないのです!」
スケールが大き過ぎて、この人が言っていることが理解できない。いや、したくない。
わたしが茫然と画面を見つめていると、ニーナちゃんが話しかけてきた。
「ルナ、大人たちにセンのことを教えたらいいんじゃない? もしかしたら、他の場所にもセンのように生きているポケモンがいるかもしれないじゃない!」
それは、センを引き渡せっていうこと?
一人で、ひっそりと静かに暮らしていた彼女の平和を、崩せっていうこと?
「そうすれば、ルナだってきっとポケモンの研究に関われるわ! 平気よ、ポケモンのことならルナに敵う人なんていないわ!」
ニーナちゃんは一人で盛り上がって話を続ける。
多分、以前のわたしなら一緒になって話していたかもしれない。センの仲間に会えるかも、夢にみたポケモンと触れ合えるかもと、そんな想像をしていたに違いない。
「しかし皆さん安心していただきたい。私たちはその手に未来を取り戻す方法を見つけました」
どうするのだろう。ポケモンの化石からそのポケモンを復元するというのはあの時代からあるから、化石があれば確かに可能だろうけど。
だけどポケモンの化石は、ある日を境に忽然と消えてしまっている。まるでそこには何もなかったかのように。ポケモンという存在があまり信じられていないのも、証拠となるものがなくなっているからというのが理由の一つだ。
それが突然、政府がポケモンをこの時代に蘇らせるという。わたしだけじゃない、世界のほとんどの人がこの話に着いていけてないだろう。
「ポケモンを世界に蘇らせる方法、それは……過去のポケモンをこの時代に連れてくるというものです」
過去から連れてくるだって?
「マコト、サクヤ、こっちへ」
マコトくん!?
それに、あっちの女の人、あの時マサキさんの家を襲ったロケット団の一人じゃない!
あの時代で会った二人が、なんでこの時代に……
「これは我々が開発したタイムマシンです。少し前まで不完全なところがあったため帰ってこれたのはこの二人だけでした……」
演説している男性は、悔しそうに、悼むように語る。
「しかし、皆さんも名前は一度くらい聞いたことがあるでしょう。ソネザキマサキ、転送システムの開発者であり今我々が使っているネットワークの大元を作り出した天才です。彼の力を借りて、タイムマシンは完成しました! 話だけではほら吹きと思われる方が多いでしょう。そこで、二人に実際にポケモンをつれてきてもらうとしましょう。二人とも頼むぞ」
実演、するの?
二人は巨大な機械の前に立った。女性のほうはカメラに手を振る余裕もあるようだ。
耳障りな音を立てて、それは動き出す。
緑の光が溢れ、二人を包んで、その姿は消えた。
そのとき。
「な、なに!!??」
「ルナ? どうかした?」
——怖いよ、痛いよ! 助けて、助けてぇ!!!!
悲鳴に、断末魔。頭の中に声が響き渡る。
「ちょっと、大丈夫? 顔色悪いよ?」
なに、これ?
何かが、助けを求めてる。助けなきゃ、どこ? どこにいるの?
「ただいま、戻りました」
スマートフォンの画面の中で、消えた二人が戻ってきた。
その腕にはポッポやニドランが抱かれていて、何事かとキョロキョロと周りを見渡している。
「これが本物のポケモンです。皆さん! 過去からポケモンを、そして我々の手に未来を手に入れましょう! もう一度言います、そうしなければ、我々に未来はないのです!」
会見は質疑応答に入ったようで、たくさんのインタビュアーが演説をしていた男に質問をしている。わたしはそれをぼぉっとする頭で眺めていた。
「ルナ、凄いわね! ポケモンだって! センの仲間が増えるのよ!」
「う、うん……」
「……どうしたのよ? いつものあなたなら飛び上がって喜びそうじゃない」
「そ、そうかな?」
わからないことが多すぎる。
マコトくんたちはタイムマシンを完成させるためにマサキさんを襲った。そしてそのタイムマシンは画面の向こうにある。
「それにしてもタイムマシンかー。凄いわね、まるで映画でも見てるみたい!」
「うん……そだね」
彼らは過去からポケモンを連れてくると言った。
それだけならそっと行動すればいいのに、なんでロケット団に協力を、クチバの事件のようなことをしたんだろう。
マコトくん、わたしにはわからないよ。貴方たちは何をしようとしているの?
————
「おばあちゃん。久し振り」
わたしはニーナちゃんと別れて、墓地を訪れていた。
どうしても、おばあちゃんに会いたかった。
「わたし、過去の世界に行ってきたよ。森の神様が連れて行ってくれたの」
答えてくれないのはわかっている。でも、言わずには言えなかった。
「そこで出会った人がこっちにいたの……過去からポケモンを連れてくるんだって言ってた。でも……それっていいのかな」
それで世界は救われるという。正直どういうことなのかわからない。
でも、連れてこられた子たちの苦しみ、寂しさ、悲しみはわたしにもわかる。
「なんでかわからないけれど、演説を聞いていたとき、止めなくちゃって思ったの。悪いことが起きる、そんな予感。タイムマシンを使ったときは、もっと思った。やめさせなきゃいけないって。なんでだろね」
あれから、声は聞こえない。
空耳で片付けるには鮮明すぎた。わたしにしか聞こえなかったみたいだから、結局どこから声がしたのかわからなかったけれど。
「ねえおばあちゃん。わたし、どうしたらいいのかなあ」
————選びなさい。
その時、どこかで聞いたことのある声がした。
声がするのは、森、祠のある方角だった。
————貴方がどうしたいのか、選びなさい。
ここに残るのもいい。だけど、何かしないといけないと思うなら……過去に戻りたいと願うなら、祠に来なさい。
『ルナー!!!!!』
「ソーヤ!」
『うわああああああん!!!!ルナどこに行ってたのおおおおおお!!!!』
「どこって……里帰り」
祠の周りの鎮守の森から出たところで、ソーヤがこちらに駆け寄ってきた。大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにしてわたしの腕に飛び込む。
わたしも思い切り抱きしめた。小さくて、暖かい命がそこにはあった。愛おしい大切な家族。わたしはこの子と、離れたくない。
ソーヤだけじゃない、リッカとも、センとも離れるのは嫌だ。
「心配させちゃってごめんね?」
『ううん、いいの!ルナちゃんと帰ってきてくれたんだもん!』
一度真白町に戻ってわかった。わたしの居場所はここだ。
未来政府が何をしようとしているのか、わたしにはわからない。未来の人間として、彼らに協力するべきなのかもしれない。でも、引っかかる。
セレビィを追うのはやめる。代わりに、彼らが過去で、そして未来で何をするつもりなのか調べて、それがわたしの大切な家族を、友達を傷付けるというのなら、そのときは……