12:森の子供?

 クチバシティの外れにある、小さなショップ。
 色とりどりの雑貨、文房具、小さなお菓子にアクセサリー。ここの店長が世界中から集めてきたアイテムが、所狭しとセンスよく並べられていた。
 ソーヤは見慣れないものが多いためかキョロキョロと見渡している。
 あ、これいいかも。
 探していた物を見つけ、会計を済ませる。
 店の外にいたアッシュくんに声をかけ、二人並んで道路へと向かった。

「ルナ、何を買ったんだ?」
「これ? スケッチブック」

 抱きしめている袋に収まっているそれには、まだ何も描かれていない。

「カメラと迷ったんだけどね、自分の手で描いて残したいなって」
「残すって何を?」
「わたしがここに居たって、記録。元々調べたこととかを纏めてたノートがあったんだけどね、いい機会だからこれからは絵にしようと思って」

 これに描くのは、調べたこと、わかったことだけじゃない。出会った人、出会ったポケモン、これから見る風景に出来事。
 それを全部、ここに記すんだ。
 なんだかわくわくしてきた。

「楽しそうだな」
「そう?」
「うん、凄く楽しそう。昨日とは全然違う」
『あの後ずっと、ルナ大泣きだったもんね!』
「あんまり蒸し返さないで欲しいんだけど……」

 今更恥ずかしくなってきた。
 うーん、ここは口止めするべきか。
 でもアッシュくんは言いふらすような人じゃないし。

「あ、そうだ! ここに来た目的忘れるところだった!」

 びっくりしたー、突然大声を出すから考えが何処か行っちゃったよ。
 何事かと彼の方を向くと、アッシュくんはにこにこと笑顔でこちらを見ていた。

「ルナもクチバジムで勝利出来たことだし、これをやるよ!」

 手渡されたのはCDケースのようなもの。中には一枚だけディスクが入っていた。
 ポケモン関連でディスクといえば?

「これ、技マシン? 実物初めて見た。何が入ってるの?」
「技マシンじゃなくて秘伝マシンな。ちなみに中身は空を飛ぶだ。空を飛べるポケモンを捕まえたら覚えさせて」

 秘伝マシンだって?
 え、いいの?本当にいいの?
 これ高くって、しかも持つのには資格が必要じゃ……
 あ、オレンジバッジかその資格か。

「君が何処から来たのか、ちゃんと君が言ってくれるまで僕は聞かない。でもマサラはもう君の町なんだ、いつ帰ってもいいんだよ」
「……ありがとう」

 すごい嬉しい。
 心配してくれていることも、深く追及しないことも。
 空を飛べる子か仲間になるかはわからないけど、こうやってわたしのことを考えてくれる人がいたのが唯々、嬉しかった。

「あー、えーっと、実は博士に頼まれてさ」

 彼は恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして、まるで言い訳するように言う。

「そうなの? 後でお礼しなきゃ」
「あの人にそんなもの要らないよ。どうせルナにも仕事を押し付けるためだろうし」

 そう言えばアッシュくんって博士の研究に付き合っているんだっけ。いや、付き合わされているって言った方がいいのかな。
 うーん、しばらく研究所でお世話になったけど、押し付けたりするような人には見えなかったけどな。

「ルナは僕よりも年下だし、女の子だし、無理強いしなかったんじゃないか?」

 年下?

「ねえ、アッシュくんは十六くらいだよね?」
「うん? そうだけど……?」
「わたしのこと何歳だと思ってる?」
「え、十二くらいじゃないの?」

 ……やっぱりねー。
 そーだよねー、そー思うよねー。

「これでも十五なんだけどな……」

 そう言うとアッシュくんはわたしを上から下まで眺めたあと、エッと声を上げた。
 そりゃあ元の時間にいたときから幼いだの小さいだの言われてきたけどさあ。慣れているとはいえ傷つくんだけど。

「ちなみにもうすぐ十六なんだよー」

 このままじゃこっちで誕生日迎えちゃうよ。

「同級生だったんだ……!?」
「その反応傷付くよ?」
「え、あ、ごめん!」

 謝られても困る。
 でも反応がちょっと面白かったから、なおさら傷付いたような素ぶりをしてみる。

「でも女の子は小さいほうがいいんじゃないかな?」
「! どうせ大きい人にはわからないんだ……!」
『ルナは大きくなりたいのー?』

 結果的にわたしのほうが傷付いた。
 変なことしたらダメだね。

「ルナはこれからどうするんだ? 次に近いジムはヤマブキだけど?」
「どうしようかな……。ヤマブキジムのナツメさんってすごく強いって聞いたけど、アッシュくんは戦った?」
「ああ。噂通り強いよ。僕も一度コテンパンにやられちゃって。でも次は負けないさ!」

 気合入ってるなー。わたしも負けていられないね。
 すると前を歩くソーヤの耳がピクリと動いた。

「ソーヤ、どうしたの?」
『あそこに誰かいるー!』
「あ、待てよ!?」

 走り出した彼を追いかけて、わたしたちは森に入って行く。

「……?」
「どうしたんだ?」
「よくわかんないけど……この森を知っているような不思議な感覚がするの」

 この感覚には覚えがある。そう、確かトキワの森でも。
 しばらくして緑の中でとても目立つ銀色を見つけた。
 そのことに安心して彼を抱き上げる。全くこの子は。迷子になったらどうするんだろ。

「もう、ソーヤ。勝手にいなくならないでよ」
『ルナ、ルナー! あれを見て!』
「え? 何がある……って……?」

 そこにあったのは、木製の小さな祠。
 これって。

「セレビィの、祠?」
「セレビィの? これが!?」
「うん。マサラにもあることは知っているよね?」
「ああ。何を祀っているのか、知らなかったけど……」

 おばあちゃんが言っていたっけ。昔はどの森にでも祠があったって。
 あの頃はおばあちゃんがいて、センがいて、ニーナちゃんがいて……。
 少し懐かしくなって、思わず扉にそっと触れてみる。

「え、あれ……!?」

 瞬間、目の前が暗転した。


 ——暗い森の中で何者かが対峙している。
 片方は二足で立ったポケモン。スラリとした身体に長い尻尾、澄んだ紫の瞳は鋭く相手を睨んでいた。
 もう片方は複数いた。全員全身黒尽くめので胸にはRの文字の入った服を着ている。ロケット団だ。
 ポケモンは祠を守るように両手を広げ、ロケット団のポケモンの相手をしている。

「何でこんなところにこんな奴がいるんだ! 聞いてないぞ!」
「丁度いいや、捕まえてボスに献上しようぜ!」
「今回の任務に捕獲はなかったから、ボールはないわよ?」

 エスパータイプの技が炸裂し、周りにいたポケモンたちが弾き飛ばされた。
 ダメージが少なかったり、そもそも効かない悪タイプのポケモンにはエネルギーの玉でさらに追撃する。

『去れ……! ここは貴様達のような者が来て良い場所ではない!』

 声が辺りに響く。
 その鬼神のような戦いぶりに恐怖して、ロケット団は皆逃げていった。

『……大丈夫か?』

 彼は後ろに振り返る。
 ポッポ、コラッタ、ププリン、ナゾノクサ……そこには小さなポケモンたちがいた。

『ひぃっ!?』
『く、くるな!!』
『怖いよぉ……』

 だが戦いを目の当たりにしたせいか、小さなポケモンたちは怯えていた。
 それを一瞥し、彼は悲しい目で何処かへ去って行った——



「ルナ! 大丈夫!?」
「あ、うん。大丈夫……」

 またあの現象だ。
 りんご、トキワの森の祠、そして今回の祠。

『ルナー?』
「前回も同じように森の中……それも、トキワの森にも祠があった。でも祠の有無が関係するならもっと早く起きてても不思議じゃない。関係ない?」
「おーい、もしもーし?」
「今回のはどうなのかまだわからないけど、多分過去だよね。触れたものの過去が見えるってこと? んーまだ三回目だし、断定は出来ないよね」
「おいってば!」
「ひゃあ!!??」

 気が付くと目の前にアッシュの顔があった。
 近い! 近いよ!!!

「何を一人でブツブツ言ってるんだ? 本当に大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫だから離れて!」

 わたしの言葉を聞いて、顔を離してくれた。
 ああ、びっくりしたー。

「それで? 何があったんだ?」
「な、なんでもないよ! なんでもない!」

 動物と話せるってだけでも十分なのに、それを受け入れてくれた彼に、おかしな力まで持ってしまったなんて、知られたくない。

『ルナー? また何か見えたの? どんなのだった?』
「えーっと、さっきのは沢山の黒い服を着た人と、不思議なポケモンがここで戦っていて、そのポケモンが黒い人たちを追い払って……」
「……なんの話をしているんだ?」

 うん、決めたとたんこれだ。またやってしまった。
 うーん、なんだろう、ソーヤに乗せられてしまった感がある。

「トキワの森に行ったときかな。たまたま拾ったりんごから、リッカがイタズラをしかけている映像が見えたの。その次はその森の祠で、女の人とキュウコンが話していて、それからは見えていなかったんだけど」
「さっき見えたっていうロケット団と強いポケモンか。まるで昔読んだ絵本みたいだなー」

 絵本!?

「!!! どんな話!?」
「確かポケモンの探険隊の話だったっけ。その主人公が過去や未来が見える能力を持っていて"じくうのさけび"って呼ばれてたよ。あの話にもセレビィがでてきたな」

 やっぱり、セレビィが何か関係しているんだ。
 影は見えているのに、何もヒントが掴めない。ああ、モヤモヤするなあ。

「うん、こういうときはまとめればいいかな?」
「まとめる? まとめるって、どうするんだ?」
「こうするの!」

 新品のスケッチブックを取り出して、そこに祠や森の様子を描く。一緒に、あのとき見えたポケモンや、黒づくめの人たちのことも描く。
 さらにわかったこと、感じたこと、考えたことを続々とメモをしていって、わたしの中のモヤモヤを一つにまとめ上げる。

「……凄いな」
「え? 何が?」
「そうやって感じたことをその場でまとめられるのも、絵の完成度も。僕よりも色々なことに気付くことが出来るみたいだし。そういえば博士も若い頃そういうスケッチを沢山していたらしいよ?」
「そうなの? 見てみたいなあ」
「ルナも案外、研究者に向いているんじゃないか?」
「……そうかな」

わたしに、なれるだろうか。

『ねえ、そこにいるのはだあれ?』

 すると、ソーヤが声を上げた。
 恐る恐ると言ったように、ポケモンたちが姿を現す。
 ポッポにナゾノクサ、それにコラッタ。この子たち、あのとき見えたポケモン?

「ごめんね、驚かしちゃったかな?」
『……貴方、森の子供?』
「え?」

 ナゾノクサが不思議な単語を口にした。
 何故だろう、わたしの中でとてもしっくりときて、懐かしい響き。

『そこにいるイーブイと話していたから、森の民なのはすぐにわかった。でも貴方は、今まで会った森の民とは違うわ。直接加護を受けている』
「え、何を言っているの? 森の子供? それに、わたし以外の森の民?」
『残念だけど、どういう意味なのか私は知らないの。加護を受けているのはわかるのだけど』
「そ、そう……」

 ポケモンというのは、どうやらわたしに答えを教えてくれないらしい。
 なら、とことん自力で調べてやる。

「ところでさ、不思議なポケモンがここに来なかった?」
『来たよ、とっても強いポケモン。ここを守ってくれたの』
『でもぼくたち、そのポケモン追い出しちゃったの……怖かったの』

 と、いうことは、あれは過去なんだ。この力の謎を解くヒントになるかな?
 その後もポケモンたちに幾つか質問をして、ヒントがないか探る。しかし、これといって特筆するものはなくてがっくりと肩を落とした。

「ルナ、俺とこのままヤマブキに行かないか?」
「ヤマブキ? なんでまた」
「あそこのジムリーダーのナツメさんってさ、本人も優秀なサイキッカーで、最近は能力に目覚めた人のカウンセリングもしているんだ。君の能力についても何かわかるかもしれない」

 その人なら何か知っているかもしれない。

「サイキッカー……」

 ポケモンがいなくなると同時に、生まれなくなってしまったサイキッカーという存在。
 わたしにとって未知の存在である、そのジムリーダーは何か知っているだろうか。
 謎を解明する手掛かりは、ヤマブキに。

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