13:助けられるかな

 ヤマブキに着いたわたしたちは、ジムの前に立っていた。
 少し、体が震える。

「そんなに緊張しなくてもいいんじゃないか? ジム戦に来たんじゃないんだし」
「そうなんだけど……それ以上に、怖い。自分が一体なんなのか、よくわからないんだもの」
「それを知りに来たんだろ? 大丈夫、僕もいるし!ね!」
『ぼくもいるよ! だから、だいじょうぶ!』

 こんなに支えてくれる人がいる。
 なら、前に進むしかないよね?
 ありがとう、そう心の中で呟いて、ゆっくりとその扉を開いた。

「待ったいたわ、ルナ」

 そこには、美しい女の人が立っていた。
 後ろに跳ねた髪。ぴったりとした体のラインが出るキャミソールに、存在感のある大きな腕輪。
 大人の魅力と言うのだろうか、孤高さと落ち着きがミックスしたような雰囲気をまとっている。
 その人がわたしを見て微笑んだ。

「でもおかしいわね、私が「見た」ときは貴女は今にも泣きそうな、とっても不安そうな顔をしていたんだけど……見間違えかしら?」

「見た」? いったいどういうことだろう。
思わず身構えてしまう。

「ああ、ごめんなさい。何せ貴女と会える日がずっと楽しみだったの。私がナツメ。はじめまして、改めてよろしくね。ルナ」
「よ、よろしくお願いします!」
『よろしくおねがいしまーす!』

 この人が、ナツメさん?
 わたしの名前まで知っていることに驚きを隠せないけれど、何故だろう、嫌な気持ちにはならなかった。
 それ以上に、会えて嬉しいという気持ちが大きくて、自分でもなんだか不思議。

「ふふ、貴女のイーブイ、可愛いわね。それに良かった。貴女が感じた通りのいい子で」
「え?」
「今でこそ、ジムリーダーとして認められているけど、こういう力を持っていると何かと色々と、ね。貴女も分かるでしょう?」
「……はい」
『ルナ、どこか痛いの? 大丈夫?』

 やっぱり、そういうことはこの時代にもあるんだ。
 その事実を再確認して、悲しくなった。

「そんな顔をする必要はないわ。さあ、奥にいらっしゃい。アッシュ、貴方も」
「は、はい!」

 案内されたのは小さな部屋。客間のようで質素ながら品の良い家具が置かれていてセンスの良さが光る。
 すると、ナツメさんはお茶を淹れてくれた。わたしたちにはハーブティーだが、本人はコーヒーのようだ。 しかも、わざわざソーヤのためにミルクまで用意してくれた。
 ソーヤは喜んで飲んでいる。うん、しばらく静かでいてくれそう。

「それで相談したいことがあるのでしょう? それも「見えた」から知っているけれど……教えてもらえる?」
「あの、えっと、その前に一つ、いいですか……?」
「いいわよ」
「さっきから「見た」とか「見えた」とか、一体どういうことなんですか……?」

 ずっと不思議に思っていたことを恐る恐る聞いてみる。
 すると彼女はちょっと驚いたあと、クスリと笑った。

「私のサイキッカーとしての能力を詳しく知らないのね。私にできるのは物を浮かせること、それに予知なの。貴女がこうやって訪ねてくることは三年前から知っていたのよ?」
「ええ!?」

 そんなに前から!?
 私が驚いていると、そこに警察官が飛び込んできた。
 え!? なに!?

「ジムリーダー! 申し訳ありませんがご協力ください!」
「騒がしいのね。せっかく人がお茶をしているというのに」
「すみません! しかし、貴方の力が必要なんです!」

 そういえばジムリーダーってたしか、町の治安維持に協力しないといけないって習ったな。
 ナツメさんに頼らないといけないことがあったってことだよね、なにがあったんだろう。

「悪いわね。二人も来てくれる?」
「はい、ルナ」
「うん。ソーヤ、行くよ」
『わかったー。ミルクぅ……』

 あとで買ってあげるからそれで許してね?




「これは……」
『ひどーい! 誰がやったの?』
「ソーヤ、それを調べるためにナツメさんが呼ばれたんじゃないの?」
『あ、そっか!』

 アスファルトの道路は削られていて、かんばんは凹み、電柱はへし折れていた。辺りには金属やコンクリートの破片が散らばっている。

「ここで何があったの? 怪我人は?
「怪我人は三人、いずれも軽傷です。しかし、被害者も何があったのかよくわからないようで」
「どう見てもポケモンの技で壊されているわね。トレーナーがいるのか、野生なのか……」

 ナツメさんはちょっと考えたあと、わたしを呼んだ。なんで?

「ルナ、これに触ってみてもらえる?」

 それは壊された道路の破片。

「え? わたしがですか?」
「ええ。貴女の能力を知るためにも必要なことなの。気持ちを集中させて……」
「は、はい……」

 促されるまま、目を瞑り、それに触れる。
 すると意識が遠のいて、ビジョンが脳裏に流された。


————


 二人の女が一人の男を取り合っている。ヒステリックに叫んでいる女達、どうやら修羅場のようだ。
 そこ現れたのは、ふわふわと浮かぶ風船のようなもの。
 周りをくるくる回って、ウザがられている。男か「それ」に文句を言っている、なにを言っているかは聞き取れない。
 すると「それ」は黒いものを纏って、エネルギー弾を作り出し、三人に向けて放った。
 逃げ出す三人、そのまま暴れ出す「それ」。
 道路を壊し、看板を壊し、電柱を壊す。
 ねえ、なんで。なんでなの?
 なんで、君はそんなに辛そうなの?


————


 そこで映像はプツリと途切れた。
 足元がふらついて倒れかけると、アッシュくんが支えてくれた。

「ルナ!」
「ありがとう、アッシュくん……」

 頭がぼぉっとする。ちょっとこのまま寄りかかっていてもいいかな?

『ルナの目、また緑になったね?』
「え? 今も?」
『まだなってるよ! 目をつむったなって思ったらすぐに開くんだもん。そうしたら緑になっていてね、ビックリした!』

 わたし、いつの間に目を開いていたの?覚えがない。
 それに、森以外でなったのは初めてだし、こんなに疲れたことも、自分の意思で読み取ったのも初めて。
 わたし、どうしちゃったんだろう。

「どう、何が「見えた」かしら?」
「えっと。小さな、ポケモンが人を襲っているところ……。トレーナーは、見当たりませんでした」
「どのポケモンかはわかる?」

 ナツメさんは優しく、でもシンプルに聞いてくる。今のわたしには心地よく聞こえる。
 確かあのポケモンは。

「フワンテ、です。使ったのは、シャドーボールかな。でも、前に見たそれとは違って、もっと禍々しい技に見えた」

 なんだろう、あの子のあの状態。
 黒いオーラ、微塵も感じられない生気。
 そして、無言。車の音とか、物が壊される音とか、さっき見えたものには沢山の音に溢れていたのに、あの子の声は何一つ聞こえなかった。
 それに。

「あの子……とても辛そうだった」
「辛そう? フワンテが?」

 アッシュくんが不思議そうに聞いてくる。
 わたしは頷くと、わたしが感じたことを言葉にしていく。

「うん。感情が消されているのか、元々乏しいのかわかんないけど、まるで機械みたいに見えたの。でも、少しだけ、感じ取れた。悲しい、助けて、って」

 近くにトレーナーはいなかった。でも、何処かにいるのかもしれない。操られているようだったし。
 わたし、同じものを何処かでみた気がする。

「ナツメさん、ルナの力はいったい何なんです? 僕たちはそれを聞きにきたんだ、答えてください」

 わたしが考え込んでいると、アッシュくんがナツメさんに詰め寄っていた。
 そうだ。わたしたちはそれを知りに来たんだった。

「ルナの能力はサイコメトリよ。物から記憶を呼び出して見ることが出来る能力ね」

 サイコメトリ。
 口の中で小さく呟く。

「だいぶ疲れているみたいだけど、大丈夫?」
「はい。……初めて、自分の意思で読み取ったから。いつもと場所も違ったし、それで疲れちゃっただけだと思います」
「ごめんなさいね。ジムに戻って詳しく話すわ。警察の方は街の住人に注意を出してください。犯人のポケモンはまだこの辺にいる可能性があります」

 疲れてしまって、少しうつむく。丸い影が映っている。
 ……え、ちょっと待って。なんの影?
 上を向けば、そこには。

「っ! フワンテ! あの子だよ!」
「あいつが……? 確かに、不気味だな」

 アッシュくんが言うとおり、フワンテは不気味な空気を纏っている。でもそれ以上に。

「なんで? 泣きたいなら泣いていいんだよ? なんでそんなに、君は辛そうなの? 教えて?」

 わたしの声に反応して、フワンテこちらを向いた。
 悲しそうな目。やっぱり、見たことある。
 その目をしたポケモンということは、あの黒いオーラも持っているはず!

『ルナ、逃げて!』

 わたしがそこまで考えが到達したとき、その黒いオーラがフワンテを包む。そして、そのままぶつかってきた。
 わたしは避けることが出来なくて、そのままタックルを浴びてしまう。

『ルナ!? もう、許さないよ!』

 ソーヤは怒って、フワンテに噛み付いた。ダメ。ソーヤ、その子にそんなことしたらダメだよ。
 止めようと立ち上がろうとしたけど、痛みでいうことを聞かない。
 ダメなんだよ。それじゃあ。

「ソーヤ、ダメ。ダメなの。バトルじゃ、その子、助けられない」
『ルナが言っていることわかるよ。泣いているの、ぼくにも聞こえるもん。でも、今のぼくには戦うことしか出来ないの!』
「ソーヤ……』

 ソーヤも、必死に戦っている。警察の人も、なんとかしてフワンテを押さえつけようとしている。
 わたしも、何かやらなくちゃ。

「ルナ、僕に捕まって。そうしたら少しは動けるでしょ?」
「ありがとう、アッシュくん。あのね、一つお願いがあるの。いい?」
「いいけど……?」
「わたしを、あの子のそばに連れていって欲しいの」


————


「危なくないか? これ!」
「でも、あの子の痛みを和らげてあげたいと思ったら、これしかなくて!」
「ああもう! 無理するんだから! 終わったら今日はちゃんと休むこと! いいね!」
「わかったよお……」

 そして、わたしは息を吸って、そして。

「フワンテ! こっち来なさい!」

 大声であの子を呼び寄せた。

「来た! ルナ、大丈夫なのか?」
「やるしかないよ。だって、この場であの子の状態一番わかっているの、わたしなんだもん……」

 フワンテのあの状態。どう考えても、クチバのときのポケモンたちと同じだ。
 あの子も、ああやって無理矢理心を奪われて、命令を受けているのだろうか。助けられるなら、助けたい。

「こっちだよ! 大丈夫。おいで?」

 両手を広げてフワンテを迎える。
 この子の動きにはスピードがついていて、再び体や衝撃が来たが、我慢だ。大丈夫。
 わたしはそのまま、フワンテを抱きしめる。

『助けて……くれるの?』

 やっと声を聞くことが出来た。

「もちろんだよ。大丈夫。安心して?」

 それが嬉しくて、わたしもこの子に声をかける。
 フワンテから黒いオーラが消えていく。少しずつ、表情か戻ってきているようだ。うん、大丈夫だよ。
 周りも、落ち着いたのかとほっとした空気になったそのときだった。

「ゴルバット、エアカッター」

 わたしとフワンテを、風の刃が襲う。
 抱きしめた子を庇うように、体を丸めて防御する。切れたのか、背中が痛い。

「誰かと思ったら、あんたか! まったく、なんで前回で懲りないんだよ」
「マナブくん? やっぱり、ロケット団がこの子に何かしたんだね!」
『ルナ! ぼく、今度はあいつに負けないよ!』
「ロケット団……? またこのヤマブキに手を出すつもり? あのときの私とは違うわよ?」

 ソーヤも、ナツメさんも戦うつもりだ。ソーヤは腰を下げ、いつでも飛び掛かれるように身構えて、ナツメさんは腰のボールに手をかける。
 痛い。でも、わたしも戦わなきゃ。

「……警察だけならまだしも、ジムリーダーがいるのは誤算だな。いいや、そいつの回収に来ただけだし。さっさと終わらせよう」

 そう言うと、彼は何かのスイッチを入れた。
 すると、あの黒いオーラがフワンテから吹き出した。わたしはその流れに逆らうことが出来なくて、弾き飛ばされる。

「待って!」

 声は、届かない。
 そのまま、フワンテは空に飛び出す。

「回収出来ないじゃんか。あいつ、言うこと聞かなくなったのか?」
「マナブくん! 君はいったいなんなの? なんであんな風にポケモンを傷付けるの?」
「……好きでやってるんじゃない。それじゃあ」

 そう言って、彼も消える。
 残されたのは、わたしたちだけ。
 何でだろう。おかしいなあ。

「今日は、ナツメさんにわたしの力のこと、聞くだけだったのに」

 なんでこんな悲しい気持ちになるんだろう。
 あのフワンテには、また会えるだろうか。
 そのときは、助けられるかな。
 騒がしくなってきた周りの中で、一人心の中で泣いていた。

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