「わかってるよ!」
『ルナ、町が見えてきたよ!』
『これが磯の香りってやつ? 変なの』
『無駄口を叩くな』
先を行くロコンをチラリと見る。話し方や雰囲気が少し刺々しいけど、わたしが知っているセンだよね。
何故タイルマシンから出てきたのか、わたしと出会ったのは未来のことを考えるとマズいんじゃないかとか、色々あるけどそれはとりあえず置いておこう。
『む……人が多いな』
本当だ。もう夜だっていうのにたくさんの人が歩いている。
遠くから笛の音がする。お祭りでもやっているのかな。
そのわりには悪いことが起きる予感というか、嫌な空気に満ちている気がする。
『私の炎であぶり出すか』
「セン、無理をしないで。あなたは今日時渡りをしてきたばっかりなんだよ?」
『心配しなくても私は大丈夫だ』
本当かな。
わたしがこの時代に来たときは気を失ってしまったんだよ?
『どっちにしろ却下よ。そんな無差別攻撃あたしがさせないわ』
『ならばどうする?隅から隅まで探して周るのか?』
『ええっと、それは……』
『なんかね、ロケット団ね、止めれるもんなら止めて見せろ! って感じだったよね?』
「そうかな?」
でも、あの時の言葉はそういうニュアンスとも取れるか。
そうなると彼らがやろうとしているのって、他の組織との取引とかじゃなくて、街の人々を巻き込むようなことだろうか。
『ルナ、警察もいるんだし、そんなヤバいことは起こらないわよ!』
警察にはマサキさんが連絡してくれたけど、任せて大丈夫なの?
歴史を知っているせいかもしれないけど、なんかこの時代の警察って頼りにならないというか。
事件を解決してるの、基本的にトレーナーなんだもんなあ。
『わざわざ危険を冒すこともない、大人に丸投げでも構わんのだぞ?』
わかってる。
本来ならわたしみたいな子供が出る幕じゃない。
でも、タイムマシンの件もある。彼らにもう一度会って、問い質さないと。
少し考え込んでいると、ソーヤが頭をぽんぽんと叩いてきた。
『ルナ、ルナ! あそこから美味しそうな匂いしてる! あれ食べたい!」
「え? たこ焼き? うーん、ポケモンが食べても大丈夫なのかな……? って、今はそういうことしてる場合じゃないでしょ」
『えー、食べながらでもいいでしょー?』
『あたし、ソーヤに賛成! 食べよう!』
全くこの二人は。
まあ、こんなことばかり考えていたら頭が重くなるだけか。
わたしだってお祭り楽しみたいし、いいかな。
『ルナ、あそこを見ろ』
気の抜けたわたしと反対に、センの雰囲気が鋭く厳しいものに変わった。
視線の先にいたのは、黒い服の少年。
「……見つけた」
彼はわたしに気付くと、隠れるように人混みへと消えた。
追いかけなくちゃ!
「みんな、行くよ!」
『わかってるわよ! セン、人間に踏まれないようにね!』
『その言葉、そっくりそのまま返すぞ小娘』
『誰が小娘よ!?』
「二人とも置いてくよ!?」
『え、ちょっと待ちなさいよー!』
人とポケモンの波をかき分けて、着いたのはメイン会場であるステージ前。
『わあ! 人もポケモンもいっぱい!』
『……近くに奴等がおるな。何処にいる!』
ちょうど今、ステージで何かやっているみたい。
遠目からMCの男性と、パフォーマーらしい女の人が立っているのが見える。
「続きまして、チームルッコラさんのポケモンによるパフォーマンスです! ではチームルッコラさん、どうぞ!」
その言葉と共に、大量のバタフリーが頭上を飛び交う。
確かに光景は幻想的で美しかったが、何処かおかしいとわたしの頭が告げていた。
『あのバタフリーたち、トキワの森からいなくなった連中ね。やっぱりトレーナーに捕まってたんだ』
「……リッカ、それいつのこと?」
『え? 確か……ロケット団が森に来るようになってからかしら?』
リッカの答えでわたしの中で一つの結論が出たのと、彼らが行動を開始したのは同時だった。
「うふふ、皆さん。パーティーを始めましょう? あたし達ロケット団主催の、楽しい楽しいパーティーをね」
演技をしていたバタフリーたちが突然、観客に向けて技を放った。
あちこちで悲鳴と爆発が起こる中、不気味な光線が走る。
「おい、どうしたんだ! やめろ!」
「いやー! 助けてー!
周りを見渡すと、先ほどまでそれぞれのトレーナーと楽しそうにしていたポケモンが暴れていた。
みんな、瞳は無機質で生気を感じない。放たれている真っ黒なオーラに恐怖を感じた。
トレーナーたちは何とか落ち着かせようと呼びかけたりボールに入れようとしているけれど、うまく行っていないようだった。
何で、そんな突然? さっきのタイミングで何かしたの?
あまりのことに頭が着いていけない。
『ルナ、危ない!』
ポケモンの技とは違う、禍々しい光線がこちらに向かっていた。ソーヤがわたしを庇い、前へ飛び出す。
「ソーヤ!?」
その小さな体が、極太の光に飲み込まれたかに見えた。
しかし、まるでそこに壁があるかのように、見えない何かが彼を守っていた。
「ソーヤ! 大丈夫? なんともない?」
『うん! あれね、当たる前にね、パシューンって消えちゃったの!』
光が止むのを確認すると、わたしは強くソーヤを抱きしめた。
本当に、本当に無事で良かった。
『ルナ、あの光線は危険だ。当たった奴は皆暴走してるぞ』
「二人は大丈夫なの!?」
『全部避けたから大丈夫よ!』
『リッカは少々危なかったがな』
全員の無事に安堵しつつ、暴れているポケモンたちを注意深く観察してみる。
バトルのときの生き生きとした顔はなく、感情もなくただただ敵をなぎ払う。無表情で技を放つ姿は精巧に作られたロボットのようだ。
センは暴走と言ったけれど、少し違う気がする。
『あのポケモンたち、昼間の連中と同じよ! 気持ちわるーい』
「ううん、あのゴルバットたちとは違う……!」
あれは、もっと恐ろしいもの。
「凄いな、ポケモンの力っていうのは。この世界の人間はこんなことが出来るポケモンが制御できるって本当に思っているのか?」
「マコトくん」
声のするほうを見ると、わたしをここに導いた張本人が目の前にいた。
呆れたように破壊される街を眺めているけれど、わたしには悲しそうな顔にも見えた。
「何で今日来るんだよ。だいたい、俺は巻き込みたくないって言っただろうが」
「あんな風に言われたら追いかけるに決まっているでしょ?」
『ルナの言う通りよね。向かう場所なんて普通言わないでしょ』
わたしたちはそのまま無言で見つめ合う。いや、睨み合うと言ったほうが正しいだろう。
遠くでまた爆発が起こった。人とポケモン、それに他の動物の泣き声が、叫び声が聞こえる。
「……あの子たちにに何をしたの?」
言いたいことはたくさんあるけれど、それを抑える。
今は彼らがしていることを探らなきゃ。自分の体を抱きしめて、わたしの心にそう言い聞かせた。
こんなことを引き起こすなんて、何が目的だというの?
「あの子たちってあのポケモン共のことか。聞いたことないか、ダーク化ってやつ。オーレ地方から流れてきた連中の技術とロケット団で行われていた実験を合わせたらしい」
『ダーク化……? ルナ、ダーク化ってなに?』
『言葉を感じからすると、悪しき物だというのは分かるな』
ダーク化って確か……シャドーとかいうグループが作り出した、人工的にポケモンのココロを閉ざして戦闘マシンにする技術だったっけ。
それを、この場にいるみんなに使ったの?
ポケモンを、友達を兵器にしたっていうの……?
「それで、やっぱり俺たちを止めるのか?」
「当たり前だよ! こんな、こんな……!」
「わかってる。でも俺は、俺たちはやらなくちゃいけないんだ」
なんの為に?
自分たちの為?
「マコト、もう装置は使わなくていい。終わらせるぞ」
「わかりましたよ、テッペイさん。でもちょっと待ってくれません? ダークポケモンの指示は任せます」
「りょーかい。じゃあちょっと片付けてくるか。サクヤ、手伝え!」
「わかったわぁ、てっちゃん」
「その呼び方やめろ」
不気味な光線はなくなったが、ダークポケモンと呼ばれたポケモンたちの破壊活動は強烈なものになった。
思い思いに暴れているだけではなく、ある程度固まって動き始める。
対抗するトレーナーもいるけれど、ダークポケモンの異常性に苦戦をしいられていた。
『いやっいやああああ!』
「うわーん! パパぁ、ママぁ! 」
『痛いよ……苦しいよお』
「お前達、何処にいるんだ? ほら……いつもみたいに姿を、見せてくれよ、なあ!」
『みんな、みんな壊れてく……どうして』
「おい、目を開けろ! そっちに行ったら駄目だ! 戻ってこい!!!」
『もう……ぼ、くは……』
『助け、て……』
声が。
悲痛な叫びが、嘆きが、咆哮が聞こえてくる。
『どうしよう!? このままじゃ、このままじゃ!?』
『落ち着きなさいよ! とにかくロケット団のやつらを潰せばいいんでしょ?』
『ロケット団を狙うよりも、奴らが使った装置を狙うべきだな。ルナ、それでいいな? ルナ?』
何で?
「何でこんなことができるの……?」
わからない。
わたしには、わからない。
「これからの為に必要な事だから」
こんなことが?
『ルナ!?』
『しっかりしなさいよ! あたし達のトレーナーでしょ!?』
マコトくんたちには、彼らには聞こえないのだろうか。
たくさんの声が悲しんでいるのに。たくさんの命が泣いているのに。
「……わからない、わかりたくもない」
誰かを傷付けてまでやらなきゃいけないことがあるっていうの……!?
「でも、必要だからって、誰かを傷つけるのは間違ってる。間違ってるよ」
「それをトレーナーであるあんたが言うのか? ルナさんだって、そこにいるポケモンを自分の都合で傷付けているじゃないか!」
違う。
そう言い返したかったけれど、自分の都合に巻き込んでいるのは否定できなかった。
「反論しないってことは、自覚があるんだな。ならやめればいいんだ、そうすればこんなことしないで済んだのに」
彼の独り言がわたしの耳に突き刺さる。
やめてしまえば、そうやめてしまえばソーヤたちは傷つかない。
寂しい思いも、しなくて済む。
『ルナ、彼奴の言葉に惑わされるな』
「セン……?」
わたしが知っているよりも若い、でも昔と同じ優しさのある声で語りかけてくる。
『我々ポケモンが人と共に戦うのを拒否すると言うなら、その時は人間の前から姿を消すだけだ。そして今、我らは共にいる。つまり、どういうことか分かるな?』
「うん」
やっぱりセンはセンなんだ。
いつもわたしを導いてくれる。
どの時代でも、それは変わらないんだ。
『それだと言うのに、この子が私達を傷付けている? 笑わせるな。出会って間もない私を気遣うことの出来るこの子を、貴様のような小僧と一緒にするな!』
『気に入ったトレーナーには無理矢理でもついて行くべし。これ、トキワの森のルールなの。あたしが好きで着いてきてるって言うのに、それを否定しないで欲しいわね!』
『ぼくはルナが大好きだよ! ルナはあんまり好きじゃないみたいだけど、一緒に戦うのも楽しいから大好きだよ! だからね、だからね! そういう風に言わないで!』
人間と違って、彼らはストレートに気持ちを伝えてくる。
おかげで震えていたわたしの心も覚悟が決まった。
「ポケモンたちは戦う気みたいだだけど、どうする? 俺はあんたを傷付けたくない」
「わたしは戦います。みんながやる気なんだから、トレーナーのわたしが逃げるわけにはいかないよ」
わたしたちは再び睨み合う。
譲れないものがあるのはどちらも同じ。
「それなら俺が相手になってやる!」
「ソーヤ! リッカ! セン! 力を貸して!」
みんながいる。
だからまだ、わたしは大丈夫。
——誰かが歩いてくる音が聞こえる。
ロケット団だろうか。
「これは酷いな……せっかくのお祭りだったのに」
この声、何処かで聞いたことがあるような。
視界がボヤけて顔が見えない。
「ルナ!? いけない! と、とにかく病院に!」
『ソーヤ、しっかりしやがれ!』
ああ、この人なら大丈夫。
「ルナ、待ってて! 直ぐに連れていくから!」
必死に呼びかけてくる声に安心して、わたしはそのまま意識を手放した。