9:寂しくなんて、ない

 穏やかな昼下がりのとある喫茶店。そこでわたしはリコと一緒にお茶をしていた。

「それにしてもよかったよねー。二人揃ってジムバッジ手に入って」
「うん。フィールドがプールだったから最初は戸惑っちゃったけど意外とどうにかなるもんだね」

 そう答えつつモモンのショートケーキを頬張る。うん、美味しい。
 このハナダシティのジムリーダーも強かったなあ。あっちは自由に動けるし、すぐに水中に隠れるし。
 でも、だからってプールに電気を流したのは悪かったかな。

「よし、あたしは行くわ。ルナ、ヤマブキに来たら家に寄ってよ」
「うん。行けたらね」
「じゃーねー!」

 さて、わたしもそろそろ行かなくちゃ。リコが去って行くのを見送ってから席を立つ。
 ノートに挟んだ古い雑誌の切り抜きを確認して、わたしはハナダの郊外へ足を運んだ。

「マサキさん、かあ。どんな人なんだろう」

 趣味の悪い金色の橋を渡って、岬へと向かう。
 これを作ったときの市長は成金趣味に違いない。ここがデートスポットって、嘘でしょ?

『で、そのマサキとかいう男は何?』
「二人とも知っているよね。わたしが未来から来た人間だって」
『うん。それが何か関係あるのー?』
「関係あるの。この人、凄い発明家でタイムマシンを作ったらしいの」

 完成しているなら、ぜひ使わせて頂きたい。
 ぶっちゃけセレビィを探すより手っ取り早くて簡単だよね。

『ルナ、帰っちゃうの……?』
『イヤよ、そんなすぐにいなくなるなんて! リコとの約束もどうするのよ!』
「ごめんねソーヤ。本当はもっと旅して色んなものを見たいってわたしも思うよ。でも、わたしはこの時代の人間じゃあないから。いたらいけないと思うの」

 わたしが時渡りをした影響が何処で出ているかわからない。本来わたしという存在は異物なわけだし。
 複雑に入り組んだ林を抜けると、小さな一軒家が見えてきた。
 あの家がマサキさんの家だろう。
 わたしはドアの前に立って、ゆっくりと深呼吸をしてからチャイムを鳴らした。

「はいはい、どちら様や?」
「はじめまして、わたしはポケモントレーナーのルナといいます。マサキさん、ですよね?」
「その通り、わいがマサキや! ……ん? ルナ? そうか、お前さんがルナか! 本当に来よったわ!」

 わたしのことを知っている?

『ルナ、会ったことあるの?』
「いや、これが始めてに決まっているでしょ?」

 顔に出ていたんだろう、マサキさんはすぐにその謎の答えを教えてくれた。

「いや、実はな、ルナっちゅう娘が来たらこれ渡すよう言われておってな」

 差し出されたのはピンク色をした機械。
 これはあれですね、電話したりラジオ聴いたり出来る装置ですね。

「ポケギア?」
「オーキド博士から連絡手段を渡すのを忘れてたから代わりに渡しといて言われてしもうてなあ」
「そういえばわたしも忘れてました。これが無いと緊急時に連絡取れないですねー」

 今まで困ったことがなかったから必要なのかちょっと疑問。
 ああでも、わたしはマサラタウンから支援を受けている状態だから、すぐに連絡取れる状況じゃないと問題あるのか。

「で、ここに来た理由はなんや? わざわざこんな辺鄙なところに来るなんて何かあるんやろ』
「ええ、もちろん。マサキさんは過去にタイムマシンを作ったと聞きました。そのことについて詳しく聞きたいんです」
「長くなりそうやな、話すんのは中に入ってからにしてや」

 それもそうだ。
 わたしはお邪魔しますとお辞儀をして家に上がらせてもらった。

「……そか、未来からなあ」
「はい、信じてもらえないかもしれませんが」

 わたしはここまでのことを全てを話した。
 協力を得るにはそうしないといけないと思ったから。

「いや、信じるよ。しかしタイムマシンか。ルナには悪いがあれは失敗作やで」
「それでもいいんです。闇雲に探すよりは、まだ」
「……よし、ちょっと待っとって。今あれのメインコンピュータ、持ってきたる」
『ルナ、きっかけつかめそう?』
「まだわかんないけど、一歩前進かな?」

 マサキさんが奥へと消えると、それまで黙っていたソーヤが口を開けた。空気が読める子だ。
 もし、もし帰れるようなら、この子達は博士に任せることになっている。研究所の人達はいい人ばかりだし、多くのポケモンが暮らしているあの場所なら寂しくもないだろう。

『ちょっと、どうしたのよ? ひどい顔よ?』
『ルナ、お腹痛いの? 大丈夫?』
「……大丈夫。大丈夫だよ」

 寂しくなんて、ない。
 物思いに耽っていると突然家が大きく揺れた。音を立てリビングの壁が崩れ落ち、爆風が吹き込んでくる。
 床に伏せてそれを耐えていると、小さな機械を持ってマサキさんが大慌てで戻ってきた。

「な、なんや!? 地震か!?」
『違うよ! ルナ!』
「うん。マサキさん、これはポケモンの技です!」
「正解よお嬢ちゃん。でも、運が悪いわね」

 壁に空いた穴から入って来たのが襲撃犯だろう。
 黒い服に書かれた真っ赤なRのマークはとても目立った。

「そのマーク……ロケット団やないか! どういうことや、解散したはずやろ!?」
「何言ってんだ、俺たちが簡単に滅びるわけないだろう?」
「テッペイさん、少し黙ってください」
「そうよてっちゃん。お仕事は素早くやらなきゃ」
「その呼び方止めろ!」

 怒鳴り声をあげるガタイの良い男性と、その様子を見て楽しんでいるグラマラスな女性。それから二人を呆れた目で見ている、わたしより年上っぽい少年の三人組。壁を崩したのは外にいるギャラドスだろうか。

『ルナ、どうする? 追い出す?』
「相手の目的がわからないからまだダメ」

 こんなことをしてくる人達だ。怖いけれど、いざとなったらわたしが戦わないと。
 注意して相手を観察していると、少年が一歩前に出て来て話し出した。

「ポケモンアナリストのマサキさんですね。乱暴なお邪魔の仕方ですみません。我々はロケット団特殊部隊です」
「特殊部隊?」

 彼はそう呟いたわたしの姿を見つめてきた。それも、少し憂いを帯びた顔で。

「ごめん、巻き込んじゃったみたいだな。すぐ終わるからあんたはそこを動かないで」

 心配されるなんて、なんか変な感じ。
 ロケット団は悪いことが大好きだと明言する人もいるくらいだけど、彼は違うのかもしれない。

「で? その特殊部隊が何の用や」
「貴方はタイムマシンを作ったことがあると聞きましたが」
「ああ、こいつがそのメインコンピュータやけど?」

 この人たちもタイムマシンを欲しがっているの?
 ていうかマサキさん、何で教えちゃうんですかー!

「それを譲って頂けませんか? 我々の言う通りにして頂ければ貴方達の安全は保証します」
「失敗作を欲しがるなんて、物好きな奴やな」
「問題ないわよぉ、メインコンピュータさえあれば、後はこっちで完成させるし?」

 その言葉からは自信が伺えた。
 でも、もしこの時代にタイムマシンが作られたというならわたしが知っているはず。一度も聞いたことがないってことは、ロケット団も完成させることが出来なかったということだろう。歴史から抹消された可能性もあるけれど。

「断る! ロケット団なんかに渡してしもうたら何しでかすかわからへんからな!」
「そうですか。そう言うと思った」

 心底残念そうに言うと、彼はベルトからボールを取った。
 彼の纏う雰囲気が少しだけ鋭くなる。

「なら無理矢理奪うだけだ! ゴルバット、エアカッター!」
「ソーヤ、マサキさんを守るよ! 電光石火!」
『オッケー!』

 まずは先制して技を出させないようにして、その隙に二人の間に入り込む。

「あんた、動くなって言っただろ! 邪魔をするな!」
「するに決まっています! だいたい、ポケモンに人を攻撃させるなんて酷いよ!」
『そうだそうだ!』

 ポケモンは基本的に必要な時しか人を襲わない。なのに、それを指示するなんて!
 この人誰かを傷つけることに抵抗がないの?

「やりたくてやってる訳じゃ……くそっ、俺が彼女の相手をするから二人はマシンの方を頼みます! ゴルバット、もう一度エアカッターだ!」
「あら、みんなで潰した方が早く終わるわよ?」
「……そうですね」
「わかってくれてお姉さん嬉しいわぁ。キノココちゃんお願いね」
「最初からこうした方が楽だったじゃねえか。カラカラ、出番だ」

 増えた! 複数相手にするのってオニスズメ以来じゃん。しかもトレーナー相手だなんて。

「マサキさん家はポケモンいないんですか!?」
「今はみんなポケモンセンターや」
「ええー!!」

 孤立無援なの!?
 戦いつつマサキさんを守るのはやっぱり辛い。
 それになんだろうこの違和感。いつものバトルと違って静かというか、声が少ないというか……。
 ああそうか。あのゴルバット、一言も喋ってないんだ。

「ソーヤ、体当たり! リッカは電気ショック!」
『悪い子は神様にお仕置きされるんだよ!』
『帰りなさいよあんた達!』
「キノココちゃん、吸い取る!」
「カラカラ、ホネ棍棒だ!」

 他のポケモンも黙ったまま。みんながみんな、無口っていうのはあり得ないし、傷ついても顔色一つ変えないなんて。
 あの子たち、おかしいよ。

「うーん、それなら。キノココちゃん、ピカチュウにヤドリギの種!」
『あ、ヤバッ! ちょっと、外れなさいよ!』
「カラカラ、追撃しろ!」
「リッカ! ソーヤ、フォローして!」
『うん、電光石火!』

 よし、何とか追撃は免れたね。
 あの子たち、機械みたいに命令に忠実だし、連携も出来てる。戦い辛い。

『リッカ、大丈夫?』
『大丈夫そうに見える? ああもう、いい加減に取れなさいよ!』
「リッカ、一度ボール入って」
『あたしまだ戦えるわよ! これさえ外れたらあいつらなんて!』
「ボール入ったら外れるから。だからお願い」
『大丈夫! その隙にソーヤが集中攻撃されたらどうすんのよ! それこそ問題だわ!』

 彼女の言い分もわかる。どうしようか迷っていたが、彼らも待ってはくれなかった。

「さあキノココちゃん、しびれ粉で動きを封じてちようだい」
「カラカラ、ホネブーメラン!」
「二人とも、電光石火で避けて!」
『当たらないわよ!』
『鬼さんこちら、手の鳴るほうへー!』

 よし、いける。
 タイプ相性が悪かったって、数が少ないからって、やりようはある!

「攻撃をカラカラに集中させるよ! リッカ、草結び! ソーヤはそこに体当たり!」
『了解! 行くわよ、長老直伝! 草結び!』
『そこだ! いっけえええ!』

 まずは一体目!

「今だゴルバット、マシンを奪え!」
「へ? うわあ! それ返せやあああ!」

 やられた!
 バトルに集中し過ぎた、いや、させられた!?
 それに数が多いのはやっぱりズルいよ!

『返せ! それはルナが帰るのに必要かもしれないの!』
「ソーヤ!?」

 ソーヤの渾身の体当たりを受けて、ゴルバットはマシンを落とした。
 しかし、それはロケット団の女性がキャッチする。

「離さんかい!それはあんたらみたいのが持っていいもんじゃあらへん!」
「ざーんねん。もう頂いちゃったもーん。これがあればリーダーも、って一体なに!?」

 突如マシンから綺麗な光が溢れ出す。
 そして、真ん中の緑の石から光の塊が飛び出してきた。

『ここは何処だ……?』

 だんだんと光の塊はポケモンの形を取る。
 あのポケモンは。

「ロコン……?」
『チヨ? いや、違うか。でも、あの子と同じ匂いがする』

 そしてロコンはロケット団と向き合うと、尻尾の先に火の玉を作り出した。

『そっちのお前達からは奴等と同じ匂いがするな。私が嫌いな匂いだ!』

 火の玉はゴルバットたちへと飛んでいき、触れた部分がたちまち火傷した。あの技はどうやら鬼火らしい。

「思わぬ敵の増援ってとこね。ま、欲しいものは手に入ったし、さっさと撤退するわよぉ」
「待って! 取ったもの返してよ!」
「誰が返すか! それじゃあな!」

 ロケット団たちが逃げ出していく。その中で最初に交渉をしてきた少年が振り返り話しかけてきた。

「俺はマコト。あんたは?」
「ルナ。マサラタウンのルナ」
「ルナさん。これから俺達はクチバに行く。あんたを巻き込みたくはないけど、止めたかったら来なよ。待ってるから」
「待って!」

 わたしの制止の声も聞かず、彼は玉を地面に投げつける。
 割れた玉からは煙が溢れ、晴れる頃には彼らはいなくなっていた。

『行っちゃった……ルナ、あのポケモンおかしかったよね?』
『あ、それあたしも思った。まるで心がないみたいだったわね』

 わたしが感じていた違和感はこの子たちも感じていたみたい。今まであんな状態の動物、見たことがない。
 何かされた、ということだろうか。

「おかげさまで助かったわー、ほんまルナのおかげや」
「マサキさん、ごめんなさい。タイムマシンは持って行かれてしまいました……」
「あんなもんより命のほうが大事や! お前さんが謝ることなんて何一つないで!」

 そう言ってもらえると少し楽になる。
 でも、帰るための手掛かりを失ってしまった。
 マコトくん、だっけ。彼が言い残していったことも気になる。

「ロケット団もタイムマシンを作ろうとしてるとはな」
「マサキさん、マサキさんは彼らは何をしようとしているんだと思います?」
「自分らのいいように歴史を変える……例えば、ラジオ塔占拠事件、いや、それより前のシルフ占拠事件での敗北をなかったことにする。自分らに都合が悪いもんが生まれないようにすることも可能やろうな」
「ええ!? そんなことされたらカントーもジョウトもロケット団に支配されちゃうじゃないですか!」

 そんなことされたら歴史の教科書が変わるよ!
 ん? あれ? でもわたしが習った歴史と、こっちで聞いた事件の概要は同じだったし、結局作られなかったのかな?

「しかしあれを持っていかれたのはマズイことになったかもしれへんな」
「でも、失敗作なんですよね?」
「その通りや。わいが作ったマシンじゃ時渡りの再現は出来へんかった。でもな、完全な失敗っちゅうわけでもなくて、さっきのロコンみたいに出口としては機能する」

 そうだ。あのロコンは、あのメインコンピュータから出てきた。
 送ることは出来ないけれど、受け取ることは出来るのか。

「あの女の自信からみると、悔しいけど、ロケット団には作れるだけの力があるっちゅうことやろ。せやけど、どうしても出来ない部分があってわいのところにきた、そんなところだと思う」

 出来上がることはないってわかっているけど、警戒はしておくべきだろう。
 わたしがここにいるように、知っている歴史とこれからが変わるかもしれないんだから。

『ねえ、ルナ。あの子どうするの?』

 あの子?
 ソーヤが見ているほうに視線を動かすと、離れたところからこちらを見つめるロコンの姿があった。

「あー、確かにどうしよう」
『どうしたもこうしたも、ルナと同じで帰れないんだからこの時代で生きるしかないわね』

 そうなるよね。でも、何もしないっていうのも悪い気がする。
 そんな風に頭を悩ませているとマサキさんが口を開いた。

「ルナは未来から来た言うてたな」
「は、はい。その通りですけど」
「わいが知る限り、セレビィの時渡りに巻き込まれる奴は二パターンおる。本当にたまたま巻き込まれてしもうたのと、セレビィが連れて行った先で何かさせたい奴の二つや」

 何かさせたい? そんなことがあるのだろうか。
 それなら直接セレビィが干渉した方が早いと思う。

「お前さんやそのロコンがどどっちかわいにはわからん。でももしかしたら、わいみたいな職業の人間が言うのもおかしな話やけど、この出会いは運命かもしれないんや」
「……偶然じゃなくて必然ってことですか」
「そうや。だから、そのロコン連れていってやってな」

 わたしは過去に来たことに、確かに運命的なものは感じている。
 でも、この子がどう思うかはこの子自身の問題だよね。
 個人的には、同じ境遇の子に側にいてもらいたいけれど。

『お前、私達と話せるのか』
「うん。……やっぱり変かな。ロコンさんは元の時代に帰りたい?」
『別におかしくないさ。……あの子と同じか』
『おかしくないよ! ぼくルナと話せてとっても楽しいもん!』
『逆に話せないルナって想像出来ないかも』

 みんな嬉しいことを言ってくれるなあ。
 この力は嫌いじゃないけれど、受け入れてくれる人って少ないし。

『そこの二匹黙れ。帰りたいに決まっているだろう。難しいだろうがな』
「わたしもね、この時代の生まれじゃないの。元のところに帰りたいんだ。だから、だから一緒にセレビィを探してくれないかな?」
『セレビィか。……良いだろう。お前はあの子に似ているしな』

 良かった、協力してくれるんだ。
 誰かはわからないけれど、「あの子」のところに返してあげたいな。

『ルナ、だったな。私のことはセンと呼べ。センさんなんて呼ぶんではないぞ。異論は認めん』

 ん? 今このロコン、何て言った?
 とても懐かしい名前を聞いた気がするんだけど。

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