この時代の科学技術を考えるとすでにありそうなサービスだけど、モバイル端末がなあ。
そんなどうでもいいことを考えていると、ソーヤが肩に飛び乗ってきた。ふわふわした毛がちょっとくすぐったい。
『ねえ、ルナはバトル嫌い?』
「まだよくわからないかなー。トレーナーはポケモンを無理矢理戦わせている悪い奴らです! とかいう教育受けてたけど、それって事実じゃないもんね」
ここにいると教科書のイラストでしか見たことが無い世界が見えてくる。
聞こえてくるのはポケモンの悲鳴だったり、人間の歓声だったり。
「いくぞオニスズメ、つつくだ!」
『了解だ!』
『痛い痛い痛い痛い!』
「しっかりしろマンキー!』
「勝った! やったなコラッタ!」
『無茶な指示出しやがって……』
「ゴメンねニドちゃん。わたしのせいで負けちゃった」
『泣かないで。もっと強くなって見返してやろうよ!』
バトルは人とポケモンがわかり合う為のもの。
セン。貴方の言った通りなのか、わたしはわたしで考えてみるよ。
「ソーヤはバトル好き?」
『うん、好きー! だから早くバトルしようよ!』
「え、それはちょっと待って。まだ心の準備が!」
『さっきからそればっかり! バートールー!』
チキンなんだからしょうがないじゃん!
『バートール! バートール!』
「わ、ちょっと、暴れないで! 落ちちゃうよ?」
『そんなことな……痛い』
あーあ、だから言ったのに。
そのままは流石に可哀想なので抱き上げようとしたところ、誰かが先に彼を持ち上げた。
「ほら、君のイーブイだろ?」
「ありがとう。ソーヤ、大丈夫?」
『……顔ぶつけた』
「ふふ、君のイーブイ可愛いね」
『アホなだけだろ』
相手は少々クセのある髪の、同い年くらいの男の子。連れているのは火炎ポケモンのリザードだ。
彼はソーヤを渡してくれた後、何故かじっとわたしを見つめてくる。照れるというか、恥ずかしいというか。
「あの、ちょっと、顔が近いよ……」
「え? あ! ご、ごめん!」
彼は言われて気がついたのか急いで離れた。その隣では彼のことをニヤニヤと見ているリザードにソーヤがちょっかいを出していた。
アホと言われたのが気に入らなかったようだ。
「人違いなら悪いんだけど、君って最近オーキド博士の研究所に出入りしてたか?」
「確かに昨日まではそうだけど、なんで知ってるの?」
「よく博士からお願いというか仕事を押し付けられていてね。電話しているときに君の姿を見たんだ」
そっか、あのとき電話で博士と言い争っていた相手だったんだ。
うーん、仕事の押し付けとか、なんか他人事じゃなくなる気がしてきた。
「僕はアッシュ。こっちはリザードのヒイロだ」
『よろしくな!』
「わたしはルナ、この子はソーヤだよ。よろしくね」
『えへへ、はじめましてー!』
いつのまにかソーヤの不機嫌が治っている。どうしたんだろう。
『ルナ、ルナ! ヒイロにバトルの相手してもらおうよ!』
『トレーナー同士なんだから自然にその流れになるだろ』
『でもルナさっきからまだ待ってってずーっと言ってるんだよ』
悪かったな。でも戦うのはソーヤだからあんまり危ない目にあわせたくないの。
「しょうがないじゃん、はじめて試合するんだよ? 慎重にもなるって」
『やってみないとわからないこともあるでしょー!』
「だからって何も考えずに動く訳には行かないでしょ?」
「ちょっと待ってくれ」
『俺も一つ聞きたい』
はい、何でしょう?
「『ルナって、ポケモンと話せるの?』」
……しまった。アッシュ君いたこと忘れてた。
博士にもポケモンと話せることは黙っていた方がいいって言われていたのに。
「あー、えーっと、そ、そんなことないよ?」
「そんな動揺している顔で言われても説得力ないぞ」
即答されてしまった。
やっぱり誤魔化すの苦手だな。
「羨ましいな。僕も話せるようになりたいよ」
『そうだよなー、アッシュと話せたらもっと面白えのに』
「……いいことばかりじゃないよ」
羨ましいと言われたのはいつぶりだろうか。
受け入れてくれる場所があったからなんとかやってこれただけで。
アッシュ君が何か言おうと口を開けたとき別のところから声が聞こえた。
「お、アッシュ! トキワにいるなら連絡しろよ!」
「グリーン先輩! お久しぶりです!」
声をかけてきたのは重力に逆らったトゲトゲの頭をした男の人。
周りがどよめいているのは何故だ。たまに黄色い声も飛んでいるし、わたしの方を睨みつけている気がする。
「そっちは始めて見る顔だな」
「ルナ、こちらは僕のスクールの先輩で現トキワジムリーダーのグリーン先輩。先輩、彼女はルナ、最近博士の研究所にきたトレーナーです」
あ、そうか。この人ナナミさんの弟さんだ。
ナナミさん、話しているときすごい楽しそうだったな、自慢の弟なんだろう。
「はじめまして、ルナといいます」
「グリーンだ。お前だな、マサラのプロジェクトに参加している面白いトレーナーっていうのは」
お、面白い?
「ポケモンを触ったことがなければ見たことがない、けれど知識だけは豊富だとか、警戒心が強いマサラの森のポケモンと仲良くしているとか、爺さんがいろいろ話してくれたぜ?」
「そ、そうですか」
オーキド博士、いくらお孫さんだからって人のことペラペラ話さないでくださいよ。
「ま、何かあったら相談に乗るぜ。マサラのトレーナーになったってことはオレの後輩になるんだからな!」
「確かにグリーン先輩は頼りになる先輩だし、面倒見もいいし。でも残念なイケメンなんだよなあ」
「誰が残念なイケメンだ! 黒歴史に触れるんじゃねえ!」
黒歴史? まあ、誰にも触れられたくないことはあるよね。
いつか誰かに聞いてみよう。
「そう言えばアッシュ、バッジは集まったか?」
「まだ三つですね。博士の依頼が無ければもう少しスムーズに集められるんですけど」
「あー、それは諦めてくれ。頼めるのが他にいないんだ」
もう三つも集めているんだ。
あれ? アッシュっていつからジム巡りしてるんだろう?
聞いてみたら十歳のときにヒイロを貰ったけれど、両親から旅に出る許可が貰えずずっと研究所の手伝いをしていたそうだ。
「内緒で旅に出ようとしたときはあらゆる方法で妨害してきたくせに、今年になっていきなりリーグに出ろって言い出してさ。なら最初から旅立たせて欲しかったよ」
「でももう少ししたら違う地方に出て行くつもりだったんだろ? 逃げ回る生活しなくて済んで良かったじゃねえか」
「その通りですけどね」
そんなにため息をついてばかりだと幸せが逃げちゃうよ。
「ルナもリーグ出るの? それともコンテスト?」
「今年はカントーじゃコンテストやらねえぞ。本場のホウエンか、シンオウに行くしかなくなるな」
「まだ決めてないんです。あ、そうだグリーンさん」
聞いてみたいことがあった。
「ポケモンバトルで、本当に人とポケモンが分かり合えると思いますか?」
幼いときからの疑問。
授業で習ったことと、センの話が矛盾していることに気付いてからずっと抱えていたものだ。
「思うな。オレはそう信じてるし、だからこそここまで強くなれたんだ」
もしかしたら少数派の意見なのかもしれない。多くの人が教科書に載っているような、ポケモンを道具と考えている人かもしれない。
まだ判断するには情報も経験も少ない。この旅で、人とポケモンのことをもっともっと見るんだ。
答えはそれから出せばいい。
そのためにももう一つやらないといけないことがある。
「アッシュ君、バトルの相手してくれる?」
それは、わたし自身がポケモンバトルを体験すること。
「き、緊張してきた」
『ルナー、リラックスー』
「わかってるよ!」
トレーナーボックスと言われるエリアに立ってわたしはソーヤと言いあっていた。本当は彼を抱きしめて緊張をほぐしたいところだが、このエリアから出たら失格と言われているので諦める。
このトレーナーボックス付きのフィールドはポケモンリーグなど公式戦でも使われているそうだ。
これがないフィールドもあって、トレーナーがフィールド内を動き回ってもいいものも存在するらしい。
「ルールは一対一の時間無制限でいいな。判定はオレがするから。アッシュ対ルナの試合、始め!」
よし、やれるだけ頑張ってみよう! まずは先手必勝!
「ソーヤ、体当たり!」
『いっくよー!』
ソーヤが勢いよく駆けていく。
でもそんな真っ直ぐな攻撃は簡単にかわされてしまうわけで。
「今度はこっちからいくよ! 火炎放射!」
『おらあ!』
「砂かけで身を守って!」
地面タイプは炎技半減だし、消火砂って物があるくらいだから少しはダメージを減らせるだろう。
目論見通り、その場は何とか切り抜けたのだが。
「も、もう一度砂かけ!」
『うん!』
ヤバい、火炎放射怖い。地面焼けてるじゃん。まともに当たってしまったらソーヤが危ない。
「ヒイロ、そのまま突っ込め! 切り裂くだ!」
『おう!』
彼らは砂かけを物ともせず攻撃してくる。容赦ないな二人とも。
「避けて! ソーヤ!」
『わかってる!』
向こう側でアッシュ君が笑っているのが見えた。
「左だ! 火炎放射!」
赤い竜の口から放たれた炎が小さな体を捕らえた。
直撃だった。小さな悲鳴がわたしの耳に届いた。
「ソーヤ!?」
彼は倒れていた。うめき声が聞こえる。判定はまだ出ない。駆け出したいのを堪え、手をぎゅっと握った。見つめていると彼は立ち上がり、わたしの方を見た。綺麗だった毛は所々焦げていて痛々しい。
でもわたしのパートナーは、そんな状態には似合わない嬉しそうな声をあげる。
『ねえ、ルナ!』
「どうしたの?」
『ポケモンバトル、楽しいね!』
この子はバトルを目一杯楽しんでいる。トレーナーを信じて指示を待っている。
なら、そのトレーナーであるわたしはどうすればいい。
「……そうだね!」
ソーヤを信じて、わたしもこのバトルを最後まで楽しむんだ。
「ヒイロ、これで決めるよ! 切り裂く!」
『任せとけ! いくぜ、ソーヤ!』
「ソーヤ、くるよ!」
『うん!』
動き出した相手に合わせてソーヤも走り出す。
わたしもそれに合わせて指示を飛ばした。
「じたばた!」
ポケモンの残り体力が少なければ少ない程攻撃力が上がる技。イーブイという種族の特性の効果もあり、わたしたちにとってはまさしく切り札だ。
技がぶつかり合う音が響く。
「イーブイ戦闘不能! この試合、アッシュの勝ちだな」
でも今回はあと一歩届かなかった。わたしは動けないソーヤの元に駆け寄り、抱きしめる。少々力が入り過ぎてしまったみたいで、腕の中から苦しいと抗議が上がった。
『ルナー、負けちゃったー』
「わたしのせいだね。ゴメンね、ソーヤ」
ポケモン同士が互いを傷つけ合う競技。
見ていて辛い場面もあった。
嫌がる声も痛みで呻く声もここではたくさん聞こえる。
耳をふさぎたくなることもある。
『そんなことないよー! それにね、それにね!ぼくとっても楽しかったの!』
でも、この笑顔を見てると、ポケモンバトルも悪くないって思ったんだ。
「ルナ、ほら。握手しよう」
何時の間にか側には、手を差し出したアッシュ君がいた。その手を取ると
「これで僕たちはライバルだ」
「次は負けないよ。ね、ソーヤ」
『もっちろん!』
『お前みたいた子供に俺が倒せるのか?』
『できるもーん!』
ライバル。
今まで縁のなかった言葉に、思わず笑顔になる。
「ふたりともいいバトルだったぜ。ま、オレに挑戦するにはまだまだだけどな!」
わたしにはジムリーダーがどれほど強いのかまだわからない。でもグリーンさんはリーグで準優勝に輝いたこともあるという。
生半可な実力じゃまず勝てないだろう。
「ルナ! お前がなんであんな質問をしたのかは知らないが、お前の答えも知りたいな。だからバッジを七つ集めてオレのジムに来い。最後のバッジをかけて戦おう!」
「はい!そのときはよろしくお願いします」
「お前たちがオレのジムにくる日を楽しみにしてるぜ。じゃあな!」
そろそろ帰らないと怒られるからと言ってグリーンさんは去っていった。
……もしかして、ジムの仕事サボっていたの?
わたしがグリーンさんがジムを留守にすることが多いと知ったのは、しばらく経ってからのことになる。
『ルナ、おなかすいたー!』
「じゃあジョーイさんに見てもらってから、ご飯にしよっか」
『うん!』
「あ、待って! 僕も行くよ!」
追いかけてきたアッシュ君に夕飯を一緒に食べようと誘われて、並んでポケモンセンターに向かった。冒険の初日が終わろうとしている。再びこの町に来るときには答えは見つかっているだろうか。
ふと見上げた空には月が顔を見せ始めていた。