身支度を整えて、荷物の最終確認をした。
便利よね、アイテムボール。なんでこんなに便利なものがわたしの時代には無くなってしまったんだろう。
旅の服装は、トップスはキャミソールと短い袖のチュニックを重ね着して、ボトムはデニム生地のショートパンツ。首には、露天商から買ったペンダントが揺れている。
鞄はリュックではなく肩にかけるタイプにし、靴は疲れにくいようにスニーカーだ。もう少しで腰に届きそうな長い髪はいつも通り二つに分けて縛った。
可愛さと動きやすさを両立させてみたの、とナナミさんは言う。
まずは祠にお参りしよう。
そう思って荷物を持ってまだ住み慣れていない家から出た。この広い家で一人暮らしするのは寂しかった。早く同じ家に住む仲間が欲しい。
あ、着いた。家から近いのはちょっとうれしい。
でも、センはどこにいるんだろう。結局ここではロコンにもキュウコンにも会わなかったし、案外まだ生まれていないのかもしれない。
用意しておいたオレンのみをお供えして祈りを捧げる。
森の神様、これからわたしはしばらくの間旅に出て参ります。わたしが目的を達せられるよう、見守っていてください。
いってらっしゃいと、誰かに言われた気がした。
「ルナちゃん、わたしの育てた木の実よ、使ってちょうだい。帰ってきたらいろんな話を聞かせて欲しいな」
「ありがとう、ナナミさん」
「ケンジ、封筒は」
「はい。ここにあります」
オーキド博士の研究所に向かうと、壮行会のようなものが行われた。
「ルナちゃん、これがポケモン協会から届いた封筒だ」
中身は、ピカピカのトレーナーカード。
よし、身分証明書ゲット!
「これでルナもポケモントレーナーじゃな。目指せポケモンリーグじゃ!」
「バトル、あまりやりたくないですけどね」
未来で習ったとおりだとしたら、関わりたくないというのが本音だ。ポケモンを、傷つけたくないもの。
「そうか。そう言っておったな。ならその授業が正しいのかどうか、トキワシティで実際のトレーナーがどんなものか直に感じてくるといいじゃろう! ああ、襲ってきた野生ポケモンとはちゃんと戦いなさい。お前さんだけではなくポケモンも助からなくなるからのう」
「わかってます」
隣町のトキワシティで見極めればいい。
バトルが無理そうならコンテストとか挑戦しようかな。
「これは儂からのプレゼント、ポケモン図鑑じゃ。もっとも、お前さんには必要ないかもしれんのう」
「いいんですか? わたしが貰って」
「儂の手元に置いておくよりはいいじゃろそれに、ルナならいいトレーナーになるからのう。投資じゃ投資」
赤い箱状の物体を受け取り、まじまじと見つける。これが図鑑とは一瞬思えないが、博士にしか作ることの出来ないハイテクな図鑑だ。本当にわたしが貰ってもいいのだろうか。
「最後にポケモンじゃ。最初は初心者用のポケモンを渡そうと思ったんじゃが……」
『ルナー! ぼくもいっしょに行くー!』
「お前さんにはこの子でいいじゃろ。ほれ、ボールに入れてやりなさい」
わたしの前に現れたのはあのイーブイだった。
「イーブイ、一緒に来てくれるの?」
『うん。ぼくね、ルナといっしょにね、外の世界を見て回りたいの!』
「……突然、わたしはいなくなるかもしれないよ?」
『それでもいいの! ルナといっしょがいいの!』
「わかった。ありがとう、イーブイ」
バックの中から赤と白に塗り分けられた玉を取り出す。それを彼の額にこつんと当てると、赤い光に包まれて中に入った。
点滅が止まった、無事にゲット出来たらしい。
「さてと、ルナ! 準備はいいかな? いよいよ君だけの旅が始まる! 楽しいことも苦しいこともいっぱい君を待っているだろう!」
博士が何やら語りだした。どうやらこれはマサラタウンの恒例行事らしい。
「夢と冒険と! ポケットモンスターの世界へ! レッツゴー!」
うーん、博士。その締め方はいまいちだと思うの。
研究所の皆に見送られ、わたしは冒険の一歩を踏み出した。
目の前には今まで多くの旅人に踏み固められた道がまっすぐに続いている。
ポッポたちが楽しそうに空を舞い、草むらではコラッタがじゃれ合っていた。時々、ポケモンではない、わたしも慣れ親しんだ動物の姿も見える。
自然と共存するとはこういうことなんだろう。未来でこういった風景がなくなったのは、ポケモンがいなくなったからなのか、共存よりも便利さを追求したからなのか。
わたしは先ほどのボールからイーブイを出した。きらきらとした光が綺麗だなあ。
同時に、鞄から小さな袋を取り出す。中身は緑の石が付いたアクセサリー。
『どうしたの? わあ、なあにそれ!』
「これポケモン用の耳飾りなんだって。つける?」
『つける、つける!』
そんなに目を輝かせて、オマケで貰ったなんて言えないなあ。
ボールの中に閉じ込めておくのもどうかと思ったのでそのまま一緒に歩くことにした。
わたしの周りを走り回ったり、肩に飛び乗ったりと、ずっとそわそわしている彼はわたしにお願いしてきた。
『ねえ、ルナ! ぼく、名前が欲しい!』
名前かー。種族名じゃダメなのかな。
でも、センも名前があったしあったほうがいいかな。
「うーん、そうだねー。なら、アオっていうのはどう?」
『アオ?』
「うん、アオ。始めて会った時の月が青かったから、アオ」
『もうちょっとかっこよく!』
かっこ良く? えーならどうしよう。青月だとカッコよすぎるよねー。見た目可愛いポケモンなのにそれはない。でも本人はかっこよさ求めてるし。
うーん、青を蒼に変えるとか? 名前は漢字使えないからあんまり意味がないけれど。
「よし! じゃあ、ソウヤだ! 蒼い夜で蒼夜。これでどう?」
『ソーヤ? ソーヤ! うん、それがいい!』
ソウヤなんだが……もうソーヤでいいや。
とにかく気に入ってもらえたみたい。よかったー。
草むらを通りかかると、ポケモンが飛び出して来た。あ、ポッポだ!
そのまま通り過ぎればいいのに、相手は何故か戦闘体制。
「あのー、ポッポさん? わたしたち戦う理由ないですよね?」
『なにを言ってるんだいあのトレーナーは。かかってこないならこっちからいくよ!』
ええ、聞く耳持ってないよー。ポッポっておとなしいポケモンじゃなかったのー?
『いくよ、風起こし!』
「仕方ない、えーっと、体当たり!」
砂埃をたてながら迫る風をソーヤは踏ん張って耐える。
彼は技が止まったその瞬間に飛び出して、空中の敵に体当たりを繰り出した。
当たった。
「もう一度!」
『オッケー!』
地面に落ちてきた鳥に向かってもう一度攻撃する。
勝負は決まった。
「うん、ぜっこーちょー!」
相手のポッポが逃げていったのを見てソーヤが声を上げる。
穏やかな一本道で行われた初の野生戦はわたしたちの勝利で終わった。
うーん、いくらあちらから飛び出してきたとはいえ戦って良かったのだろうか。
『おい、てめー俺らの縄張りに入ってくんじゃねえ!』
『わ、わ! いきなり何するんだよ!』
それにしても、ポケモンってすごい。
風起こしって研究所の資料ではそこまで威力の高い技では無かったはず。
なのにわたしは踏ん張らなければその場に立っていられなかった。
ペットにしたり、仕事を手伝ってもらったり、この世界はポケモンがいなければ成り立たない社会になっている。しかし同時にとても怖い生き物でもあるんだな。
『わーん! ルナー! 助けてよお!』
へ? 何? どうしたの?
まわりにはたくさんのオニスズメ。
気付かないうちに彼らのテリトリーの中に入ってしまったようだ。
どうしよう。
『お前ら一体どういうつもりだ、あ?』
「えーっと、ごめんなさい?」
『ごめんなさいで済めばジュンサーさんは要らねえんだよ!』
ですよねー。
彼らが人ならジュンサーさんに補導されてそうなしゃべり方だけど。
『ここ通らせてよ!』
『誰が通らせるか、バーカ!』
うーん、ポケモンにもチンピラっているんだ。
他の動物より力が強いっていうのも理由としてありそうだけど。
さて、どうやって切り抜けようか。
『大体な、俺らはニンゲンといっしょにいるポケモンが嫌いなんだよ!』
『痛っ! 止めてってば!』
「離れて! つつかないで!」
とにかく今は手で追い払うしかない。鞄を振り回せば攻撃力上がるだろうか。
ソーヤも頑張っているけど多勢に無勢。これはヤバい。
狙いは一つに縛るべきかな。
「ねえ、オニスズメさんたち。この中で一番強いのは誰?」
『あ? そりゃあリーダーに決まってんだろ! な、リーダー!』
『ああ、この辺じゃ俺様が一番強い!』
他よりも一回り大きい個体が胸を張って威張っている。
頭悪そう。相手の質問に簡単に答えちゃうところとか。
「そうなんだ、あなたがリーダーなの。ソーヤ、砂かけ」
『え? うん!』
『ぎゃー! 目が、目がー!』
やった、成功!
卑怯かもしれないけど、不意打ちとかしないと勝てる気しないから仕方がない。
「体当たり!」
『うぎゃ!』
『リーダー!?』
『このっ! つつく!』
しかしオニスズメの攻撃は当たらない。
砂かけの効果っていいな。
「もう一回体当たり!」
『これでどうだ!』
『お、覚えてろー!』
リーダーが逃げ出すと、その子分も捨て台詞を吐きながら逃げていった。
トップを倒す。人もポケモンも、対処法は大体同じね。いやー、上手くいってよかった。
とりあえず草むらを出よう。ちょっと一休み。
『勝負だ!』
『負けないよ!』
お前はわたしを休ませる気はないのか。
休もうとしたわたしと反対に、どんどん草むらに入っていったソーヤはコラッタと遭遇したらしい。
なんでこう、ここの野生ポケモンって好戦的なの?
マサラタウンの森にいた子はそんなことなかったよ?
『よーし、いっくぞー!』
ソーヤもやる気いっぱいだし。
ポケモンって戦うのが好きなのかな。
『ルナ! 早く指示出して!』
「わかってる、体当たり!」
『そんな攻撃当たんないよー』
あ、避けられた!
そのままコラッタはこっちに向かってくる。
えーっと、えーっと。ソーヤは後何覚えていたっけ?
「迎え撃って!」
『どうやって!』
「じゃあ砂かけ!」
考えなきゃ。
うわあ、命中率下がってるのに当たった。これはマズい。
連戦でソーヤも疲れていし、後一撃でも入ったら倒れてしまいそうだ。
ん? 倒れてしまいそう? そうか!
「じたばた!」
切り札とも言えるその技は、小さなポケモンを遠くまで吹き飛ばした。
おお、凄い威力。でもあのコラッタには悪いことしたかなあ。
『やったあ! ぼくの勝ちー!』
「嬉しいのはわかるけど、とりあえず体力回復しようよ」
嬉しそうに跳ね回っているがソーヤの体はボロボロだ。
傷薬、傷薬。
『次のっバトル! 次のっバトル!』
「だから勝手に草むら入らないの!」
まだ回復してないというのに!
草むらに突撃しようとしたソーヤを慌てて抱き上げ引き離す。
流石に次は勝てない。
もしかしたら一体なら何とかなるかも知れないが、複数来られたら困るし。
『ルナ、ルナ! 町が見えるよ!』
「ほんとだ、あれが常葉じゃない、トキワシティか」
もうこんなに近くまで来ていたのか。
トキワシティ、未来では常葉市と呼ばれているこの町は、マサラよりも発展しているようだ。
『ルナー! 早くー!』
「あっ、待ってよ!」
いつの間にか腕から抜け出したソーヤを追いかけ、わたしはトキワシティに向けて走り出した。
太陽はわたしたちの進む道を照らし続けている。