3:これ、ください

 あれから一週間経過した。
 当面の間は博士のお孫さんのナナミさんのお世話になることになった。
 ナナミさんはとても美人な方で、私の事情を知っても大変だったねって抱きしめてくれる優しい人だ。
 弟が二人いるそうだが、妹が欲しかったらしく洋服店に連れてかれては着せ替え人形にされてしまった。あのときのナナミさん、テンション高かったなあ。
 現実を受け入れてからは驚きの連続だった。
 鳥がいると思ったらポケモンで、猫がいると思ったらポケモンで、魚がいると思ったらポケモンなんだもの。
 まさしく、ポケモンパラダイス! 見つける度に抱きつきまくってごめんね。
 そんな風にキャーキャー騒ぐわたしを温かく見守ってくれた博士は、ポケモン研究の世界的権威だそうだ。
 案外、あの図鑑の製作者だったりして。
 祠にも行ってみたけど、光に包まれることもセレビィに出会うこともなかった。
 わたしを最初に見つけてくれたイーブイとはめちゃくちゃ仲良くなった。

 二週間後。
 もとの時代に帰る為にもわたしが今いる時代はどこなのか調べてみた。
 イッシュ地方で英雄事件が二年前に起こっているのがわかった。イッシュ凍結事件はまだみたいね。
 うーん、大体五四〇年くらい前か。最近歴史の授業で触れた辺りだから間違っては無いと思う。
 あれ? つまり意外とポケモンが居なくなってしまう時期に近い?
 センが一人になってしまった理由、探してみようかな。
 ここのところ祠の様子を見に行くのが日課になっている。
 イーブイはわたしの肩に乗るのが好きらしい。

 だいぶ落ち着いてきた一ヶ月後。
 わたしの能力がバレた。
 まあ、研究所に併設された牧場のポケモンたちとあれだけ話していたら流石に分かるか。
 もしかしたら、同じようにポケモンと話せる人がいたりするのかと思い博士に聞いてみた。
 博士は会ったことがないというので落胆したけど、最近出た学会で、イッシュ地方にポケモンと話せる青年がいるという噂を聞いたそうだ。時間があるときにでいいから探しにいきたいな。
 それから、博士からトレーナーになることを勧められた。
 博士が町役場の人と進めている事業で、新人のトレーナーを募集するらしい。
 どんなものか聞いてみると、博士が見込んだトレーナーを支援する試みだそうだ。引き受ければその事業の第一号になるそうだが、いつまでもナナミさんのお世話になっているわけにも行かないし利用させてもらおう。
 相変わらず祠に異常はない。
 イーブイと一緒に近くの森を散歩して、そこに暮らすポケモンたちと仲良くなった。

 そして、三ヶ月後。
「次の問題じゃ、手持ちのポケモンが傷ついた時、もしくは野生のポケモンが傷ついているのを発見したとき連れて行くのは」
「ポケモンセンター」
「じゃが、酷い場合の応急措置は?」
「市販の薬、もしくは木の実を使います。木の実はそのまま食べさせるのが一番効果的ですが、まだポケモンが幼いなど特殊な場合は加工する必要があります。いつ何処でそのような場面に遭遇するかわからないため、トレーナーはこれらを切らさないよう心掛けなければなりません」
「合格じゃな」
「やった!」

 わたしが今博士から学んでいることはこの時代でポケモンと関わりながら行きていくのに最低限必要なことだ。本来これらは小学生のうちに学ぶそうで。この時代の小学生怖いよ、いろんな意味で。
 わたしの当面の目標はセレビィに会うこと。しかしそのセレビィというポケモン、話を聞くと幻のポケモンと呼ばれているそうで一生会えない人の方が多いそうだ。
 わたし帰れないかもしれない。ごめんね、セン、おばあちゃん。

「さあ、これから試験じゃ。頑張るのじゃぞ」
「ありがとうございます博士。それじゃあいってきます!」

 挨拶もそこそこにわたしは研究所を飛び出す。
 目指すはポケモンセンターだ。

『ルナ、ルナー!』
「あ、イーブイ!」

 すっかり仲良くなったイーブイは定位置になったわたしの肩に乗った。ふと頭の上が指定席だったリスを思い出した。もう、あの子にも会えないかもしれないな。

『これから試験なんだよね! 免許取れるといいね!』
「ありがと、イーブイ。頑張るね」
『うん、ガンバレー!』

 イーブイの応援に応えながらわたしはポケモンセンター内の試験会場に入った。なんでわざわざ漢字にしているんだろうね、こういう試験は半年前の高校の入試以来か。気合い入れなきゃ。

 歴史の授業で少し習った程度だが、ポケモンバトルという一種のスポーツがこの時代にはある。
 ポケモンを戦わせることに多少疑問はあるけれど、わたしはトレーナーになるつもりだ。
 博士から引き受けたからという理由もあるけれど、旅に出て情報を集めるのが帰還への一番の近道だと思ったからだ。ついでに、ポケモンとふれあうという欲望も叶えさせていただく。
 もう一つの理由は免許だ。ポケモンの取扱い免許証はそれひとつで十分な身分証になるというのだ。
 うん。欲しい。今のわたしそういうもの一つもないし。

 えーっと、次の問題は。AさんとBさんがポケモンバトルをしています。Aさんは炎タイプ、Bさんは水タイプのポケモンをだしました。どちらのほうが有利でしょうか。なお、この問題では覚えている技は考慮しなくていいです。簡単ね。
 ポケモンのことはセンからいろいろ教えてもらってたし、オーキド博士のところで住み込みの状態で働いていたのだ。楽勝楽勝。

「では、試験を終了します。問題用紙は裏にして速やかに退出して下さい」

 ジョーイさんの指示に従ってわたしは部屋を出る。ジョーイって女医ってことですか、むしろ獣医じゃないのですか。
 今日わたしの他に試験を受けたのは4人だけ。皆わたしより年上に見えた。子供がいないのは学校で試験を受けることができるかららしい。

「嬢ちゃん、ちょっと見ていかないか?」

 ポケセンを出てそろそろ歩きなれた道を行くと、男性が道端に座っていた。
 敷かれたビニールシートの上にはアクセサリーが並べられている。露天商のようだ。

「嬢ちゃんって、わたし?」
「そうそう、そこの君だ。一つどうだ、綺麗な石だろう?」

 男が並べる商品には全て緑の石が付いていた。
 それを見たとき不思議と懐かしさがこみ上げたのは、あの祠に納められていた石に似ているからだろう。
 わたしは惹かれるようにその中の一つを手に取った。
 十円玉と同じくらいの大きさの石がついたシンプルなペンダント。目立たない程度に施された装飾は木の葉がモチーフだろうか。

「これ、ください」

 これを持っていればどんなに時間が離れていてもあの場所と繋がっていられる。
 そんな気がした。

「毎度。二百円だ。嬢ちゃん可愛いからこいつはオマケな」
「え、いいの?」

 渡されたのはポケモン用の小さな耳飾り。これも木の葉がモチーフになっている。
 かっこ良すぎず、可愛すぎず、これならオスでもメスでも着けられそうだ。

「進化して大きくなっても壊れない作りになってるから安心しな」
「へえ、ありがとう」

 あ、研究所行かないと。
 会計を済ませてわたしが立ち去ろうとしたとき、露天商がポソリと呟いたのが聞こえた。
 なんて言ったのかはわたしには聞こえなかった。

「ただ今戻りました」
「ルナちゃんおかえり。試験はどうだった?」
「あ、ケンジさん。もちろん問題無しですよ!」

 結果は一週間後に発表される。そして一ヶ月後にポケモン協会からトレーナーカード、つまり免許証が届く。今から楽しみだ。
 博士は誰かと電話している。相手はわたしと同い年くらいのトレーナーのようだ。
 しばらく言い争っていたけれども、相手が折れたようで通信は切れた。

「ん? ルナ、戻っておったか。それじゃあ行くかのう」

 案内されたのは研究所の外、近くの真新しい一軒家だ。
 中は一階がリビングやキッチン、お風呂で、二階は個室が四つ。一つ一つの部屋が広く、大きなポケモンを出しても問題無さそうだ。庭にはバトルフィールドまで付いている。

「あの、博士。この家は?」
「これから君が暮らすことのなる家じゃ。前に話した事業の一環で建てられたものじゃな」
「そう、これはマサラタウンを発展させるための重要な計画なのです」

 町役場の人だ。ピシッとしたスーツで決めているがマサラの人らしく優しそうな雰囲気の男性だ。

「オーキド博士、ご無沙汰です」
「おお、スズキさん。ついに完成しましたのう」
「ええ、そちらの子が?」
「そうじゃ、この子に頼んでおる。ルナ、こちらスズキさん。町側の責任者じゃ」
「スズキです。これからよろしくお願いします」
「ルナといいます。こちらこそよろしくお願いします!」

 握手を求められたのでこちらも名乗りながら応えた。
 ヤマダさんは手に指輪を着けていた。緑の美しい石だ。
 さっき買ったペンダントの石と同じもの?

「この石が気になりますか?」
「え。あ、その、すみません」

 見てたの気付かれてたー!

「この石。あなたも持っているみたいですね」
「は、はい」
「そうですか、あなたがなのですね」

 やっぱり同じものなんだ。
 ていうか何一人で納得しているんですか、意味わからないですよ! スズキさん!

「さて、今回の事業の目的はこのマサラタウンの活性化。儂の研究所に訪れるトレーナーはいるが少なくてな。やはり優秀なトレーナーが拠点としている町の方が人を引きつけるようじゃ」
「近年は特にその傾向が強いですからね。町としては困っているんです」

 この町の出身者は旅を続けていたり他の町を拠点にしたりしていることが多い。
 そこで町が場所を用意して、マサラのトレーナーとして活動してくれる人を募集するのが今回の計画だそうだ。

「とりあえず今年中になんでもいい、結果を出してくれると嬉しいんじゃが。宣伝になるからのう」
「具体的には……?」
「六ヶ月後のカントーリーグでベスト16以内、でお願いします」

 マジですか。
 流石に無理でしょう。新人に頼むようなものじゃないでしょう。
 それに、最初はセレビィ関連の情報収集メインでいきたいんですが。

「実績がないと何かと煩い連中がいるからのう」

 まあ、仕方が無いか。もう引き受けてしまったんだし。

「わかりました。ご希望に添えるかわかりませんが頑張らせていただきます」
「頼みます。こちらもしっかりサポートさせていただきますね」

 合格通知が届いた後は急に忙しくなった。博士の研究の手伝いをしながら、旅に出る準備に自室の家具の用意。旅の服装選びのときはまたナナミさんのおもちゃにされた。
 旅の準備金は全部マサラタウンから支給された。支援ってやっぱりこういう形になるのか。中途半端には終われないな。

 そしてあっという間に一ヶ月が、タイムトラベルから四ヶ月がたった。
 新しい生活の幕開けだ。

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