真白の森にて

 隣の森から動物達が逃げ込んできた。
 人間共が言う開発が行われているそうだ。
 遥か昔の記憶、思い出が失われるようでその話を聞いたときはやるせなかった。
 せめてこの鎮守の森だけは残って欲しいが、それも叶わないかもしれない。守りたいと願っても今の私に出来ることなど皆無だ。
 彼女の好きだったこの町が真白町と名を変えて、何年経っただろうか。

「セーン! あそぼー!」

 物思いにふけっていると、まだ幼い、しかし心地の良い声が森に響いた。ふふ、今日もルナが来たか。よく飽きないものだ。
 外へと繋がる細い道へ目を向ければ、小さな体が駆けてくるのが見えた。
 初めて出会ったときは、他に道がなかったから彼女に付いて行っただけだった。
 全く、生きていれば何が起こるかわからんな。まさか、こうやってこの子と会う日々が来るとは思いもしなかった。

「セン、おひるねしてたの?」
『いいや、ちょっと考え事をしていただけさ』

 私の答えを聞いて何を思ったのか。この子は少し悲しげな表情でそっか、とだけ呟いた。
 と、次の瞬間ぎゅっと私に抱きつき頬をすり寄せる。

「えへへー、センあったかーい」

 もふもふするな。
 いや、すまない。してもいいからそんな目で見ないでくれ。そうだ、そうやって笑っていればいい。
 それだけで私の心も暖かくなる。

「セン、お久しぶりですねえ」
『済まないな。体の方はもういいのか?」
「この通り、お参りができるくらいには回復しましたよ」

 彼奴らにそんなもの必要無いだろう。私をここへ連れてきて以来、一度もこの祠を利用してないんだぞ。大昔から知り合いだが、やはり忌々しい奴だ。
 彼らにも考えがあってずっと動いているのは知っているが、そのせいで私の大切なものが傷つくのは見たくない。
 よし、次に会ったら贈り物と言って火炎放射を浴びさせてやろう。

『先程隣から多くの者がこちらに来た。ハナよ、隣の森は守れなかったんだな』
「ええ、ええ。もう、私のような年寄りの話はだぁれも聞いてくれないんです。これでは御先祖様に顔向け出来ませんよ」

 そうですかねえと少々申し訳なさそうな、悲しそうな顔で呟く。
 その表情はあの子とそっくりだ。

『……あの子はそんなこと気にしないだろう』

 遂にあの子の元には帰れなかったな。
 いや、彼女と一緒にいた間に帰る気が無くなってしまったと言った方が正しいか。あの子には悪いがこちらに大切なものが増えてしまった。
 私の場所は居場所は彼らのいるところでありたい。

『ルナは相変わらずか?』
「困ったことに。そろそろ人間の友達が出来ないかと思うんですけど、やっぱりこの力が邪魔してしまっているんですかねえ」
『自分と違うことを恐れる種族だからな、人間と言うのは。まあ、それは私達ポケモンもそうか』

 そういえば、旅の中で仲間外れのポケモンに出会ったこともあったな。
 あのパーティにも一歩間違えればそうなりかねないメンバーもいた。
 自分と相手が違うのは当たり前のことだが、違いが大きければ受け入れるのも難しくなるものだ。

「にんげんのともだちなんていらないもん」
「ルナや、そんなこと言わないんだよ。ルナが要らないって言ったら、ルナの周りからいろんな人が居なくなるんだよ」
「おばあちゃんもセンもいるからいいもん!」
『なら、私達が居なくなったらどうするのだ』
「え?」

 ルナがそう聞いた私をキョトンとした顔で見上げてくる。
 永遠の別れというのは、まだ幼いこの子には想像が出来ないかもしれないな。

『一人というのは寂しいものだ』
「セン……?」
『かつては私の周りも他のポケモン達がいた。あいつらはいつも煩くて、だが一緒に居れば楽しくて仕方なかった』
「あいつらって、いつもおはなししてくれるポケモンたちのこと? でもまえに、はなればなれになっちゃったって」
『ああ、そうだ』

 思い出すのは遠い遠い記憶。そういえば周りは子供ばかりだったな。
 私自身もロコンやキュウコンという種族の中では若い方だったが、彼らの中では最年長だった。

『何年も様々な土地を探して回ったが、誰一人見つからなかったよ』

 彼らだけではない。
 新しく出会ったポケモンも、動物も、人間も。皆私を置いていく。
 放浪の中で昔馴染みに出会わなかったわけではないが、彼奴らは例外中の例外だ。

「でもね、でもね。みんな、わたしのことへんっていうの。どうぶつとはなせるのはおかしいって」
『そりゃあ他の連中は話せないからな』
「ルナはこの力が嫌いかい?」
「ううん。すきだよ、だいすきだよ!」
「そうかい、そうかい。好きなんだねえ。おばあちゃんも大好きだよ」

 そんなことが気にならないという人に出会えたとき、きっとこの子の世界は変わる。
 どんな成長をしたとしても、その力をいつまでも嫌いにならないで欲しいと思うのは私の我儘だ。

「ルナー! 居たら返事しなさーい!」

 む、この声はルナの母親か。
 しょうがない、まだ話したいことがあったが一先ずは隠れるか。
 近くの木々の間に身を潜めて、家族の会話を覗き見ることにしよう。

「ルナ、帰るわよ!」
「やぁだぁ! まだいるの!」
「ワガママ言わない!」
「ヨウコさん、ルナが嫌がっているじゃありませんか」
「母さんは黙ってて!」

 相変わらずだなあの娘は。自分一人だけ会話が出来ないのがそんなに気に入らないのか。
 それとも、そんなものはないという世界に染まってしまっているのか。

「だいたい母さんのせいよ! ルナがおかしなことを言ったりするのは! この子に変なおとぎ話を聞かせないでください!」
「そう言わないでくださいな。貴方だって、同じ話を聞いて育ったのよ?」

 全くだ。
 それにしても、娘の前でよくそんなことが話せるな。親としての自覚がないのか。
 昔は周りを気遣うことの出来る優しい子だったのになあ、いつからああなってしまったんだろう。

「おかあさんなんか……」
「ちょっと、どうしたのよ?」
「おかあさんなんか、だぁいきらい!」

 そう言い放つとルナは森の奥へと走り出した。
 それを聞いた母親は固まり、祖母の方はと言うと困ったような顔でこちらに笑いかけている。
 ……私が追いかけるしかないか。

『ルナが何処に行ったかわかるか?』
『ルナちゃんならあっちの方に行ったよ』
『済まないな、有り難う』

 動物達に行方を聞きつつ先へと進む。彼らの言う方角にあるのは、確か神木か。
 あの木そのものに恨みがあるわけではない。だが奴が宿ったと言うだけでなんだか気に食わん。
 ここで愚痴ってもしょうがない、早いところルナの元に向かおう。
 頭に浮かんだ奴の顔を振り払う為にも、私はいつもより強く大地を蹴った。

『ルナ、ここにいたのか』
「セン……」

 予想通り、ルナは神木の下に座り込んでいた。
 ここに向かう途中もし森の外に行かれていたらという考えが一瞬頭を過ぎったが、ここにいてくれて良かった。

「おかあさんも、ほかのひととおなじなの。わたしのこと、へんだって」
『そうか』
「おかあさん、にも、いわれちゃった」

 しゃくりあげながら彼女は何とか言葉を紡いだ。彼女の大きな瞳から涙がぼろぼろとこぼれ落ちていく。
 私は無言で静かに彼女に寄り添った。
 本当なら抱き締めてあげるべきなのだろうが、生憎人型ではないので彼女の好きなもふもふの尻尾で包み込むことにする。

「セーンー、わたし、わたしね。おかあさんにね、きらいっていっちゃったぁ!」
『そうか、そうか』

 あーあー、そんなに目をこするな、腫れてしまうぞ。
 それにしても久しぶりだな、この子が泣く姿を見るのは。自分が限界になるまで溜め込んで、遂に色々と溢れてしまったというところか。あのときの彼女と同じだな。
 毛が濡れて気持ち悪いが、今日のところは我慢するしかない。
 外にこうやって甘えることが出来る存在が居ないのなら、今だけでも支えてやらなければな。

「わあ! でっかいきつねさん!」

 な、なんだ!?
 その大きな声でルナが泣き止む。私も驚く。
 声のした方にはルナと同い年くらいの幼い少女が立っていた。
 こういうときどうすればいいんだ? 恐れられることの方が増えていてこういった手合いにはどう対処したら良いのか忘れてしまったぞ。
 その間も相手は興味しんしんとばかりに見つめていたが、少女はルナに気が付くとこちらへと近寄ってきた。
 私が怖くないのか。

「わたしニーナ! あなたのおなまえなんていうの?」
「ふぇ? わたし?」
『それ以外に居ないだろうが』
「センがいるよ?」
『お前と同じく私と話せるならあり得るがなあ』

 目の前の少女からは力の波動を感じない。
 つまり、ルナの同族ではない。

「あなたきつねさんとおはなしできるの?」
「……でで、できないよ?」

 そんな吃りながら言っても説得力に欠けるぞ。

「ウソはダメ! ウソついたらエンマさまにしたをとられちゃうのよ!」

 時には嘘が必要になることもあるがなあ。
 この娘にその事を伝えてもまだ理解できないだろう。大体、どう伝えたらいいのか。

「それで、あなたのおなまえは?」
「……わたし、ルナ。こっちはセンだよ」
「ルナちゃんとセンね! おぼえた! ね、ルナちゃんってセンとおはなししてたよね! どんなおはなししてたの?」
「えっと、あの……セン、たすけてよぉ!」

 怖いもの知らずというか、何というか。
 見たことのない大きな生き物が居れば、少しは脅える素振りを見せるものだと思うのだが、この娘はそれが全くない。幼さ故のものだろうが、もしかすると。

「センってばぁ! このこ、こわい!」
『隠れるな。いつも通りにしていればいいだろう? 大丈夫、私が保証するさ』
「うん。センがいうならそうする」

おいおい。私が言ったから、ではダメだろう。
まあ、これからだな。

「センっておっきいねー、わー! しっぽたくさんあるー!」
「センはキュウコンだもん。あたりまえだよ」
「キュウコン? センをうめるとおはながはえるの?」
「ちがうよ、ポケモンのキュウコンだよ」
「ポケモン!?」

 おー、良い反応だ。
 幼子の目が落ちそうなくらい大きく開いて、口をあんぐりと開けた顔というのはなかなか可愛らしい。新鮮に見えるのは新しい出会いがないせいだな。

「ポケモンっていなくなっちゃったんでしょ?」
「うん。でもセンはいるの。おばあちゃんがこどものころから、ずっとここにいるの」
『ルナ、彼女に私のことを誰にも言うなと言っておけ。子供の言うことだから信用されないだろうが、馬鹿な連中がここに来るかもしれん』
「わかった。ニーナちゃん、あのね……」

 実を言うと、人間達の間ではこの森には化け狐が住んでいると昔から言われている。何百年と生きていて見つからないわけがない。
 初めの頃は噂を聞きつけて変な奴等が大勢来て大変だったが、今ではほとんどラジオ局やらテレビ局やらの襲来はない。どうやら民話や昔話と化していて誰も確認しようなど思わなくなったらしい。

「……なの。だから、センのことはいわないでね?」
「わかった! ……ねえ、ルナちゃんってポケモントレーナーなの?」
「え? ちがうよ?」
「そっかー、よかったー!」
「なんで? なんでトレーナーじゃなくてよかったの?」
「だって、トレーナーってわるいひとなんでしょ?」

 おいおい、何故そうなるんだ。
 確かに私達を道具扱いする連中はいたが、そうではないトレーナーの方が多かったぞ。

「そうママがよんでくれたえほんにかいてあったよ!」
「えほんにだってかいてないよ。トレーナーがみんなわるいひとなら、ゆうしゃアーロンとかどうなるの?」
「ゆうしゃアーロン? それしらない」

何?

「えー? じゃあうみのかみとあやつりびとは?」
「あやつりびと? なんかむずかしそうね」
「これもしらないの?」
「うん、しらなーい」

 その後も、アルトマーレの昔話や人とポケモンの結婚式の話など私にも馴染みのある物語を挙げていく。だがどれも知らないの一言だ。
 特に、人とポケモンが仲良くしているタイプの話は全滅していた。
 昔ほそれが主流だったというのに。

「それで、そのピカチュウはトレーナーをでんげきでやっつけるの! トレーナーはそのままにげちゃって、めでたしめでたし」
「なぁにそれ。つまんない」
「ええ!? とってもおもしろいじゃん!」

 トレーナーが出てくるときはだいたい悪い人間として描かれていた。それも、暴君のようなトレーナーばかり。
 最後の展開も追い払って終わるかトレーナーが改心してポケモンを手放すかのどちらかだ。この話を書いたのはプラズマ団なのか?

「あ、おばあちゃん!」
「あらルナや、お友達かい?」

 ハナが来たのか。
 母親の方はどうしたのだ?

「ともだちじゃないよ。しっているひと」
「ともだちよ?」
「ともだちじゃないもん!」
「ともだちよ!!」

 先程までの会話といい、今の言い争いといい、誰がどう見てもお前達は友達だぞ。

「よし、ルナちゃん! おててだして!」
「う、うん」

 おどおどとしたルナの右手を相手の少女は両手で包み込む。所謂握手と言うやつか。
 よくわからないといった表情のルナを少女はニコニコと見ていた。

「これでわたしとあなたはおともだち!」
「え? えー?」
「パパがそういってたんだもん! だからわたしたちはもうともだちよ!」

 ルナのような性格の子にはあれくらい押しの強い子のほうがいいのだろう。
 これがいいきっかけになると良いんだがな。

「ニーナ! どこにいるのー? 出掛けるわよー?」
「あ! ママだ! じゃあね、ルナちゃん、セン、ルナちゃんのおばあちゃん!」

 そう言うと、ニーナというの娘はその体でそのスピードが何故出せるのか疑問になるくらいの速さで走り去って行った。
 ……嵐のような娘だったな。

「セン、貴方の好きなお稲荷さんを持って来ましたよ」
『済まないな。有難く頂くよ』

 ハナが作る稲荷寿司は美味い。
 それに少し違うが懐かしい味にとても似ている。

「さてルナや。私達も帰ろうか。今日は肉じゃがですよ」
「ほんと? おばあちゃんのにくじゃがだいすき!わたしもてつだう!」
「そうかい、そうかい。それでは、セン。私達もお暇させてもらいますね」
『わかった。気を付けて帰れよ』
「セン、バイバイ!」

 ふう、やっと静かになった。子供は好きだが煩いのは困るなあ。
 私は笑みを浮かべつつ、稲荷寿司に舌鼓を打った。


 ーー隣の森から来た動物達とここに元々暮らす動物との諍いも解決し、この真白の森も以前のような平穏を迎えて居た。
 それはそうと、雨のせいか珍しく今日はルナが来ていない。

「セン、お邪魔しますね。ルナは来てます?」
『来てないが?家じゃないのか?』
「いえ、いきなり飛び出して行って。一体何処に……」
『飛び出していった? 親子喧嘩でもしたのか?』
「ヨウコもルナも、毎日争っているわけではありませんよ』

 それもそうか。家族で喧嘩、そんな関係は辛過ぎる。
 どこへ行ったのか心配するハナと私の元にその中心の娘がやってきたのはすぐのことだった。

「セン、センー! このこをたすけてー!」

 飛び込んできたルナの手には小さな動物……リスだな。
 かなり衰弱している。このままでは死んでしまうな。

「ルナ、何処に行ってんだね? ばあちゃん心配だったんだよ」
「えっとね、おそとからたすけてってこえがしてね、そっちにいったら、このこをおとこのこたちがいじめてたの」
『ハナ。傷薬を取ってきてくれ。その間は私達で見ておく』
「この怪我では薬を届ける前に……」
『心配するな。ルナはこっちだ』
「セン?」

 ルナを連れて少し奥へ進むと、周りの匂いが変わる。それもそのはず、ここの土は栄養が豊富なふかふかの土である。
 タイミングが良いのか悪いのか、とにかくあの木の実を育てていて助かった。

「これなあに? あおいみかん?」
『オレンという。少しだけだが体力を回復してくれる』
「え? それほんとう!?」
『ああ。あのリスにこれを食わせれば助かるだろう』

 ルナはオレンの木に駆け寄ると、嬉しそうに木の実をもぎ取って行く。
 よし、彼女が教えてくれたことを今度は私が伝える番だな。

『ルナ、木の実を取ったら一つだけ同じ場所に埋めるんだ』
「なんで?」
『それがトレーナー、いや、その恵みを戴く側のマナーだ。埋めておけば新しい芽が出る。その木の実が育てば次の誰かが助かるだろう? 皆が皆、使いたいだけ使えばそれはすぐになくなってしまうからな。それでは駄目だ』
「うーんっと、みんなでそだてて、みんなでわけあうってこと?」
『そういうことだな。ルナはそれが出来る人間だろう?』
「うん!」

 ルナが土に埋める様子を見つつ、ふと疑問が浮かんだ。
 彼女は誰からそれを教えてもらったのだ?
 ……まさか、な。



 ーー最近、ここにくる人間が増えた。ニーナまで、ここに来るようになったのだ。
 ええい、それは私が貰ったいなり寿司だ! 勝手に食うな!

「ねーねールナちゃん、なんでみんなとあそばないの?」
「わたし、きらわれているもん。みんなわたしのこと、へんだって、おかしいっていうの」

 ニーナは別の町から引っ越してきたそうだ。
 だからルナのことを知らなかったんだな。

「えー!? どうぶつとおはなしできるなんてすごいじゃん!」
「ニーナちゃんみたいにいってくれるひと、いないの」
「ふーん。まわりのひとって、みーんなつまんないひとなのね!」
「……そうかも」

 森の外で何があったのか知らないが、ルナとニーナはかなり打ち解けたようだ。
 いい傾向だろう。

「セン、セン。だれかくるよ」

 私としてはこの二人をこのまま眺めていたいところだが、残念なことに卑しい奴等が来たようだ。

「セン、あれって……」
『町の大人共だな。ここは私有地なんだがなあ』

 相手もそれを理解しているのだろう、ギリギリのラインでうろうろしている。それとも神隠しが怖くて入ってこれないのか?
 どちらにしても、全くもって不愉快だ。

「セン、セン。もしかして、ここもおとなりのもりみたいになっちゃうの?」
『そうしたい人間が山のようにいるのは確かだ』
「そんな……そんなのダメだもん! ここはもりのかみさまのばしょだもん!」

 ルナが叫ぶ通り、ここは聖域だ。奴等の欲で穢していい場所ではない。
 だいたい、この森は今多くの生き物を抱えている。ここが潰されたらそいつらは何処で生きれば良いというのだ。
 私自身、生きていくことが出来ないだろうな。

「ルナちゃん、あのひとたちわるいひと?」
「うーん、わるいとはちょっとちがうかな? でもね、いやなひとたち。あのひとたちも、わたしやおばあちゃんいじめるの」
「じゃあ、ちょっとおどかしてもいいね!」

 いい笑顔でそんなことを言うか。

「ニーナちゃんなら、そういってくれるとおもった!」

 ルナも同じような笑顔をするな。恐ろしいから。
 この少女が来たのはこの子にとっていいことだが、悪い影響まで与えられている気がする。

「もうさくせんはあるの?」
「うん。まえにつくったあれをね、あのひとたちにつかおうかなって」
「それいいね! でもどうやってさそいこむ? あいてもバカじゃないからひっかからないでしょ?」
「それはねー」

 いやむしろ、ニーナはただのきっかけでしかないのかもしれない。悪戯っ子というか、悪知恵が働くというか、彼女もそういった面を持っていた気がする。
 不意に共に旅した黄色いネズミを思い出し、妙に納得してしまった。類は友を呼ぶとはこのことか。

「センー、センも手伝ってよぉ!」
『わかったわかった。私もここが荒らされるのは気に入らん』

 数時間後、そこには落とし穴の中で毬栗まみれになった人間共が。
 とても痛そうだ。私は入りたくない。

「あらあら、何があったのですか?」
『ハナか。なぁに、ちょいと悪戯してやっただけさ』

 私達の視線の先で、二人の少女が顔を見合わせて笑っている。片方なんて、最近まで自分の祖母以外の人間を拒絶していたというのに。
 ……ああ、少し、寂しいかもしれんなあ。

「ルナが誰かとあんな風に笑うのは初めて見たかもしれません」
『それは私もだ。これなら心配しなくても良さそうだな。人の中で暮らす以上、いつまでもあのままにしておくわけにはいかなかったからなあ』

 ルナは人間だ。今の時代、私やこの場所を好いているのは問題ないが、依存していては人として生きていけなくなる。
 人とポケモンが共に暮らしていた時代であったとしても、それではいけないだろう。

「……セン、もしものことがあったら孫を、ルナのことを頼みますね。これからあの子がどんな道を歩もうとも、貴方がいれば安心ですから」
『何を言っておる。お前みたいなやつがそんな簡単にくたばるものか』
「先のことなんてわからないではありませんか」
『だからと言って、人間ではない私に頼むか?』
「ポケモンの貴方だから頼んでいるんですよ」

 何?

「ニーナちゃんを通じて、あの子の人としての世界は広がっていくのでしょうねえ。でも私がそうだったように、この力がある以上、あの子も人の世界だけでは生きていけないんです」

 言いたいことはわかった。
 年老いたこの老婆のことも、私は赤ん坊の頃から知っている。その親も、そのまた親のことも、私は知っていた。
 私にとって彼らは友人のような、我が子のような、孫のような、大切な大切な宝物だ。

『そう、だろうな。年月を重ねれば重ねる程、人は人と違うことを、違うものを恐れるようになった。お前達森の民もそうだが、それなりの数がいた超能力者まで今では全くいない。名乗り出てくるのは皆紛い物だ』
「神秘や不思議に耳を傾けることもできなくなったなんて、さみしい世界になったものです」

 そのようなものに気付けない程、今を生きる人間達には余裕が無いようにも見える。
 他の地域は知らないが、あののどかだったこの町がそうなのだ。何処も似たり寄ったりだろう。

『本当にな。他には幽霊なんかもいたな。確か、霊力と言ったか。多くの人間が見えはしなくとも存在は感じる位にはその力を持っていた時代だってある。……今はそんな物は存在しない、世迷い言だと否定し続けいるから力を失ったんだろう』
「信じることが出来ないなんて、悲しいことだねえ……」

 その小さな呟きはしっかりと私の耳に届いていた。
 本当に、その通りだ。
 あの時生きていたもの達が互いを信じあっていれば、未来はまた違ったかもしれないというのに。

「おばあちゃん、セン、なんのおはなししてるの?」
「わたしたちにもおしえてー!」

 お転婆娘達がやって来たか。
 少々真面目な話をしていたんだがな。

『ルナが心配だって話だよ』
「しんぱいされることなんてしてないよ?」
「ルナちゃん、センはなんて?」

 私達の話はそのまま有耶無耶になってしまった。
 しかし、あんな話をわざわざしたのは本当は未来を知っていたからじゃないだろうか。
 あの会話から数日後、ルナの祖母は交通事故でこの世から去った。

『また見送る側になってしまったな』

 人々が寝静まった深い夜。
 誰にも見られぬよう細心の注意を払い、私はその墓を訪れた。

『ハナよ。残念だが、ルナを支えるのは私の役目ではない。安心しろ、他に適任のがいる』

 ルナがこれから出会うことになる小さな友を思い出して、思わず笑みが浮かんだ。
 彼なら安心して任せられる。

『お前が言うとおり、先の事などわからん。だから私は私に出来る方法でルナを守るさ』

 あのときの私は無力だった。あの子との、彼女らとの約束を果たせなかった。
 でも、今度こそ約束を守ってみせよう。

『そのためにあいつらの計画に乗ったんだからな』

 彼女達はあの後どうなったのだろう。
 私以外に誰も欠けたりしていないだろうか。寒くて震えたりしていないだろうか。
 誰も寂しい思いを、していないだろうか。

『いや、ソーヤ達ならどんなときでも笑って乗り越えるな』

 ……ああ、今夜は月が綺麗だ。


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