森の声、土の声

 カントーから遠く離れた土地、フリハイル地方。
 不毛の土地だったこの地の者の願いを天が聞き入れて、神が降り立ったという神話が残る土地。
 そのフリハイル地方で一番豊かな緑を湛えた森、フェゼルの森に、足を踏み入れた男がいた。

『あ、トウジュだ』
『本当だ! トウジュだー!』
『遊んで遊んで!』

 森の動物たちが民族衣装を纏った男の足元に集まってくる。
 男の名はトウジュ。森のすぐそばにあるフェゼルシティのジムリーダーである。

「すみませんね、今日は用事があるので」

 彼は動物たちと言葉を交わし、森の声を聴く者……森の民と呼ばれる少数民族である。
 彼らはこの土地で森の神を崇め、森と共に生き続けてきた。
 力を持つ者は神に仕える神官となり、その言葉を聞き、使命を果たす役割がある。
 しかし、今直接その使命を果たせるのはカントーにいる森の民達だけ。フリハイル地方にいる彼らは、祈ることしかできなかった。

「帰りにまた通りますから、その時にでも」
『約束だよ!』
『約束、約束ー!』

 ところで、森の民はの中でも特に強い力を持つ者は、緑を身につけるという。
 トウジュはその緑の瞳を優しげに細め、森を後にした。





「トウジュ! 来てくれたんだね!」
「はい。貴方の欲しがっていた物もちゃんと持ってきましたよ」
「わーい! ありがとー!」

 森を抜けるとフェゼルシティの隣町、フルストシティに着く。
 フルストシティは緑と街並みのコントラストが美しいことで有名な街である。
 トウジュはその中心にある大きな施設……ポケモンジムにいた。

「これで研究が捗るよー! ずっとフェゼルの森の土を研究したいと思ってたんだ!」
「フリハイルにとって森は聖域ですからね。特にあの森とプルーメの森は私達森の民にとっても大切な場所ですから」
「でもでも、その豊かな森をよく知るためにも研究は必要だと思うの!」

 トウジュと話している少女……このフルストジムのリーダー、ナナは二本立った金色の毛をピョコンと揺らし語る。
 同じ緑の瞳をしているのもあって、二人の様子は仲の良い兄妹のようにも見えた。

「知りたいという欲求は素晴らしいと思いますよ。貴方の研究は人やポケモンの為になるものですし」
「えへへ、だってナナちゃんはジムリーダーだもん! この街の発展に力を尽くすよ!」

 えっへんと胸を張るナナを、トウジュは微笑ましそうに見つめる。そしてふわふわした頭を撫でて、語りかける。

「貴方のそういうところはとてもいいと思います。しかし、頑張りすぎてはいけませんよ」
「うん! わかってるよ!」

 無邪気に笑う彼女に、トウジュは優しい笑顔を見せるのだった。





「やっぱり、直接行って調べたいよね!」

 ナナのその言葉で、二人はフェゼルの森にやってきた。

「あれ? トウジュどうしたの?」

 雰囲気が違う。
 そのことに気付いたトウジュは森の前で足を止めた。
 そして、森に意識を集中して、耳を傾ける。

「……森が怒っています」
「森が? ……って待ってよー!」

 突然トウジュは走り出し、森の中心へと向かう。ナナはそれを急いで追いかけた。
 トウジュは、森の声を聞きながら、最短ルートを走る。
 森がこっちだよ、あっちは通れないよと教えてくれるのだ。
 そうしてたどり着いたのは森の広場の一つ。
 そこには二人の男がポケモンや動物たちを捕らえていた。

「貴方達、この森で何をしているのです!」
「人が来た! どうする兄ちゃん」
「そんなのすぐ追っ払えば……森の民だと?」

 男たちはトウジュに気付きそちらを睨みつけた。
 兄ちゃんと呼ばれた男は、トウジュの格好からすぐに森の民だと知る。

「兄ちゃん、森の民ってなに?」
「お前、知らないのか? フリハイルの神話があるだろう? その神を崇めている少数民族だ。特殊なチ力を持っているらしい」
「サイキッカーくらいなら兄ちゃんがぶっ倒しちゃえばいいよ! あいつは弱そうだし!」

 確かに、トウジュは優男という雰囲気があり、実力者には見えない。反対に兄ちゃんと呼ばれた男は屈強そうで、体格もがっしりとしていた。

「しかし、この森で現れる森の民となると……あんた、フェゼルシティのジムリーダーだな?」
「その通りですね。さあ、その子達を解放しなさい!」
「ちっ、やはり噂の守人か……こいつが来たってことは、森そのものが敵になったってことだな。逃げることは出来ねぇぜ」
「ええ!?」

 そう、トウジュだってジムリーダーの一人である。
 それも、聖なる土地を守る守人でもあるのだ。バトルの腕は一流である。

「なあに、戦って勝てばいいだけの話さ。簡単だろう?」
「そうだね! さすが兄ちゃん!」

 しかし、それを理解していないのか、男たちはポケモンを出して勝負を仕掛ける。
 トウジュはキリッと相手を睨みつけると、ボールを手に取り宙へ投げた。

「ゴーゴート、ワタッコ! お願いします!」

 そして襲ってきたポケモンたちに対して、信頼するポケモンたちと共に戦いを始めるのだった。

「ワタッコ、タネマシンガン!」
『おっけー! まかせといて!』

 ワタッコは連続してタネを撃ち出し、男たちのポケモン……ワルビアルとビーダルに対して牽制をする。

「ワタッコ、飛んでください! ゴーゴート、じならし!」

 ワタッコがふわりと宙に浮いたとき、地面をゴーゴートが揺らす。男たちも、男たちのポケモンも動きづらそうにしている。
 ゴーゴートはトウジュと息を合わせ、次の攻撃の準備をする。

「ウッドホーン!」
『食らうがいい!』

 そしてワルビアルに強烈な一撃を叩き込んだ!

「あ、兄ちゃーん! 俺のポケモンがー!」
「ひ、怯むな! まだ俺のポケモンが……!」
「ワタッコ、アクロバットです!」

 しかし男たちの思いも虚しく、ビーダルは倒されてしまった。

「兄ちゃんー! こいつ強いよー!」
「うるせえ! 弱音吐くな!」
「だってー!」

 やっとナナが戦いの場に来たとき、すでに勝負がついているように見えた。
 男たちのポケモンは倒れ、トウジュのポケモンたちはほぼ無傷。実力の差は歴然としていた。

「トウジュ!」

 その声にその場にいた全員が反応する。

「なんだあ? 妹か?」
「となるとあの子も森の民っすか?」
「残念、ナナちゃんは森の民の血は継いでないの!」
「そうか、そりゃ残念だ。幼い子供の森の民なら売れるも思ったんだがなあ」

 兄ちゃんと呼ばれた男は、下品な笑顔でジロジロとナナを見つめる。
 嫌な目だ。ナナはその目に悪寒を覚えた。

「ま、例え違っても商品価値はありそうだ。……アーボック!」
「きゃあ! ちょっと! 何するのよ!」
「ナナちゃん!」

 ナナはいつの間にかそばに寄っていたアーボックに囚われる。
 トウジュが慌てて助けようとするが、その前に兄ちゃんと呼ばれた男がナナにナイフを向けた。

「おっと動くなよー? この可愛い顔に傷を付けられたくなかったらなあ?」
「……」

 トウジュはその言葉に動きを止め、押し黙る。
 その様子に気を良くしたのか男は、ニタニタ笑いながらさらに要求をする。

「ポケモンをボールにしまえ」
「……わかりました」

 言われた通り、トウジュはゴーゴートとワタッコをボールに戻す。そしてナナとアーボックを覗き見た。
 ナナは恐怖に固まっている。それはそうだろう、一噛みで自分を死に追いやることができそうな口がそばにあり、ナイフまで向けられているのだ。
 アーボックは……どこか、様子がおかしい。
 目に光がなく、ポケモンの声が聞こえない。なにも話していないのだ。トウジュの経験上、一度もなかったことだ。

「テォヨヲン ヂゲテゥカ ニヲンイザテォル アユゴ リュヲン」
「何言ってんだお前?」

 わかる者にしかわからない言語でトウジュはそう呟くと、ニコリと笑った。

「何がおかしい!」
「ポケモンをボールに戻させたことで、勝ったとお思いですか?」
「当たり前だろ? 後はお前をボコボコにすれば……ってお前ら何してやがる! やめろ! お前! こいつらをどうにかしろ!」
「無理だよ兄ちゃんー!」

 気がつけばアーボックを野生のポケモンたちが襲っていた。
 兄ちゃんと呼ばれる男は慌ててそれを止めようとするが、その隙にするりとナナは抜け出す。

「よくもまあこのナナちゃんをあんな目に合わせてくれたね!お仕置きだよ!」

 そう言ってボールからドンファンを出し、そのたいあたりは男たちを吹っ飛ばしてしまった。
 男たちはそばにあった木に叩きつけられる。

「このアーボックに何をしたのです? 詳しく話しなさい」
「し、知らねえよ! おれは変な男にこのアーボックを渡されただけだ!」

 兄ちゃんと呼ばれた男は二人に怯え、簡単にトウジュの質問に答えた。

「本当ですか?」
「ほ、本当だ!」
「そうですか」

そう言うとそのあとは問答無用でトウジュは男たちを縛り上げる。
 兄ちゃんと呼ばれていた方は悔しそうな顔を、手下の方は泣きそうな顔でぐるぐる巻きにして放置した。
 そして警察に迎えにきてもらうよう連絡する。
 それを待つ間、トウジュは考える。

「もしかすると、これが噂のダークポケモンなのかもしれませんね」
「オーレ地方の事件で見つかった?」
「はい、そうです。あそこで活動していた秘密結社の残党がロケット団に流れたと聞いています。この方達にアーボックを渡したのはその関係者でしょう」

 トウジュは願う。
 カントーの同胞たちよ、頑張ってくれ。
 このままでは世界は……

「アーボックはどうする?」
「そうですね、こちらで預かることにしましょう。オーレではセレビィの力を借りたという話も聞きます。もしかしたら私達の方でどうにか出来るかもしれません」
「わかった。頼むね、その子、可哀想だもん」
「もちろんです」

 そう話しているうちに、警察が到着した。
 トウジュは先ほどぐるぐる巻きにした男たちをジュンサーに引き渡す。

「流石ジムリーダーですね! お見事です!」
「当然だよ!」
「この森で悪さをする以上、守人としても見逃せませんから」

 この森を守る。そんな決意がトウジュからは見て取れた。





 いつしか陽は暮れ始めていて、夕陽が森を美しく彩る。

「はー、この時間からじゃ調査は無理かー」
「そうですね、申し訳ありません」
「いいの! 仕方ないからまた今度!」
「わかりました。また今度ですね」
「約束だよ! ほら!」

 そう言ってナナは小指を差し出す。

「指切りげんまん嘘ついたらハリーセンを飲ーます、指切った!」

 小さな少女の指と、青年の指が離される。

「じゃーね! 絶対約束守ってね!」
「もちろんです」

 そしてナナはフルストシティへ、トウジュは森へと別れる。

『トウジュー! 遊ぶって約束ー!』
「はいはい、今行きますよ」

 彼は森の動物たちに囲まれてしまい、まだしばらくは帰れそうにない。
 だが、その顔は優しさに満ちていた。

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